第三十八話 伏線
宿泊学習とは、オリエンテーション合宿と呼ばれる恒例の行事らしい。
新入生が学校に慣れてくるこの六月、中間テストも終わったご褒美ということもかねて、学校側が色々と手配をしてくれるのだ。
場所はバスで二時間ほど移動したところにある自然公園である。そこにある宿泊施設で寝泊まりできるらしい。
やることといえば、専ら交流がメインだ。
クラスメイトの顔と名前も覚えたタイミングで、生徒たちにもっと仲良くなってもらおうという目的があると、担任の鈴木先生が説明してくれた。
野外炊飯、レクリエーション大会、肝試し、キャンプファイヤーがとりあえず計画されているらしい。
うーん……学校側は生徒が喜ぶと思ってるのかもしれないけど、俺みたいな友人が少なくて交友にも大して積極的じゃない人間からしたら、結構な苦痛である。
インドア派の霜月も俺と同じ気持ちらしくて、当日を迎えてもあまり楽しそうな顔をしていなかった。
「うぅ……憂鬱だわ……中山君がいなかったら風邪をひいて寝こんでいたくらいに気分が悪いもの」
生徒は校庭に集合、ということで俺たちは外に出ていた。
服装は学校指定のジャージである。紺色で地味だが、霜月が着るとどんな服でも映えるから不思議だ。
しかも今日は日焼け対策のためか、麦わら帽子をかぶっている。普通のキャップではなくて麦わら帽子をチョイスしたのは謎だが、似合っているので問題はないか。
周囲の女子と比較しても、彼女はキラキラと輝いて見えるくらい、今日もかわいかった。
「視線もなんだか多いし……うみゃくしゃべれにゃいわ」
もう既に呂律もあやしい。口数もいつもより少ないし、たぶん緊張しているのだろう。上手く喋れない霜月は、それはそれで愛らしいけど。
「はぁ……そういえば、バスの席って出席番号順よね? つまり私はあの人の隣ってことかしら」
うちの学校の出席番号は五十音順ではなく、住所の順番で決定している。なので、ご近所さん同士の霜月と竜崎はお隣さんだ。
それが嫌で嫌で仕方ないのだろう。
彼女は上品に笑いながら、こう言った。
「うふふ。私、そういえばバス酔いしやすい体質という設定だったわ……だから隣の人に嘔吐しないように、席を移動しないといけないわよねっ。うん、そういうことだから、鈴木先生にお願いしてくるっ」
とてとて、と走り去る霜月。設定ってなんだよ……今つけただろ。きっと、それくらい竜崎の隣が嫌なのだろう。
足音が軽いのは体重のせいだろうか……まるで天使の羽根が生えているみたいである。
……いや、これは幻聴だな。
最近、霜月が異常にかわいく見えてしまう。知れば知るほど、あの子の魅力に夢中になっていくのだ。
もう少ししたら神格化しそうな気がする。
そんなこんなで、霜月は鈴木先生に頼み込んで竜崎の隣から逃れることができたらしい。バスの乗り込む際、一番前の一人席に座っていた。
さて、空いた席には誰が座るのだろうか?
最近、竜崎ハーレムの様子を見ていると、どうも義妹の梓が一歩リードしている気がするし……こういうチャンスも、きっと逃さないだろう。
一応、梓は俺と同じ住所なので、出席番号も隣同士なのだが……バスの席は、もしかしたら俺一人だけになるかもしれないなぁ。
それはそれでリラックスできるからいいか、と思っていたのだが。
「あ、おにーちゃん……じゃなかったっ。中山君、今日はお隣だね。あ、できればでいいんだけど、梓は窓際がいいなぁ」
予想外にも、梓は俺の隣にやってきた。
今、竜崎の隣が空いているというのに……最近の彼女なら真っ先に席に座るくらい積極的だったのに、意外だ。
「……竜崎の隣、空いてるぞ?」
もしかして気付いていないのかと思ったが、梓が竜崎に関する情報を知らないわけがないか。
「知ってる。でも、今日はいいの。ちょっとだけおにーちゃ……こほんっ。中山君とお話したい気分だったの。実は、梓ね……今回、とっても重大な決意をしてるんだよっ」
梓が座ろうと身をかがめたので、窓際に座っていた俺は一つずれて席を譲った。外では兄妹として振る舞わない、と自分から言っていたけど……こういう時、無意識に『窓際がいい』なんてわがままを言ってくるのは、妹の発言らしかった。
そして抵抗なくわがままを聞き入れる俺も、兄としてのクセが体に染みついているんだろうなぁ。
と、そんなどうでもいいことを考えていたから、梓の発言に対してとても驚いてしまった。
「梓ね……龍馬おにーちゃんに、告白するよっ」
「――――っ!?」
目を見開いて、硬直してしまう。
ああ、ついに竜崎ハーレムの関係が、こじれだす時がきたみたいだ。
きっと、今回の梓の告白が起爆剤となって、竜崎ハーレムの争いは熾烈になるだろう。
これはあれだ。今後、物語を大きく盛り上げるための事前準備。
まぎれもない『伏線』だった――
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