第三十四話 ほころび始めたモブキャラ生活

 席替えの日から一週間が経過した。

 くじ引きをして以来、竜崎の視線が増えた気がする。


「よう、中山。おはよう」


「……ああ、うん。おはよう」


 朝、学校に来るとあいつはなんと俺に声をかけるようになった。

 しかし、だからといって俺と竜崎か仲良くなったわけじゃない。どちらかといえば、竜崎は俺を警戒しているように見える。


 あれだ。不審な人物にはあえて自ら挨拶をする警備員のようなものだ。


『俺は常にお前を見ているぞ』


 まるでそう言われているような気がして、うんざりしていた。


 まぁ、幸いなことに今のところはまだ『モブキャラ』として認識してくれていると思うので、危険はない。


 霜月が人見知りで、教室内では無口でいることも、不幸中の幸いだ。交流は基本的に日記でしているし、堂々とした会話はまったくしていない。


 本人としてはたくさんおしゃべりしたいだろうが、そうなると竜崎がそれを目撃して、きっと俺のことを強く意識するようになるだろう。


 今以上に敵意をもたれてしまっては、モブキャラではいられなくなる。主人公様に敵対するキャラとなり、あいつは対抗してくるかもしれない。


 そうなったら今度はメインヒロインである霜月に迷惑がかかる。それは俺の望んでいないことだ。


 ……少し、距離を取るべきだろうか。

 どうも霜月と仲良くなりすぎた気がする。そのせいで竜崎には警戒されているし、あまり良くないような気がした。


 俺なんかのために霜月に悲しい思いをしてほしくない。

 だからこそ、モブキャラとして存在感を消すことも大切だ。本来であれば物語の進行には影響しない端役なので、むしろそれが当たり前である。


 そんなことを、俺は考えている。

 でも、彼女はやっぱりそれを許してくれなかった。





「ねぇねぇ、中山君っ。お勉強って将来役に立つのかしら? いいえ、きっと役に立たないわ。方程式なんて使うようなことはないし、aとかbとかxとかyとかへんすう?とやらで数字を考えるなんて、絶対におかしいものっ」


 放課後のことだ。

 そろそろ中間テストがあるので、勉強嫌いの霜月もやっと重い腰を上げる気分になったようだ。もう三日前なので若干遅い気もするけど、彼女は勉強していた。


 場所は、俺の家である。

 いや……まずいことは分かっている。親密になりすぎたし、テスト期間くらい自分の家で勉強しよう、と提案はした。だが、霜月がそれを嫌がった。


『私はおうちで勉強なんてしないわっ。でも、さすがにおバカちゃんすぎたらママに叱られちゃうし、勉強したいの……パパは叱らないのだけど、やっぱり褒めてほしいわ。だから、お願いっ……一緒に勉強、しよっ?』


 彼女は一人だと集中できないタイプらしい。

 自分の部屋は誘惑が多すぎる、とのことだ。


「あと、あの……教えてくれると嬉しいわっ。その、自慢にはならないのだけどね、私ってまぁまぁ最下位くらいの成績だし、自分でも引くくらい頭が悪いから、面倒見てくださいお願いしますっ!!」


 俺も別に頭は良くない。成績だって平均より少し下だ。

 だが、俺と比較しても霜月は全然成績が低い。


 この子は結構、ポンコツなのだ。

 見た目が完璧だし、口調や仕草に品があるので、頭脳明晰そうな雰囲気を発しているけど……中身はなかなか面白くなっている。


 それはそれでキャラが立っているので、やっぱりメインヒロインだ。そんな彼女にお願いされて、モブキャラでしかない俺が断れるわけもなく。


 そういうわけで、霜月はテスト期間ずっと俺の家にいた。

 ……やっぱり、親密になりすぎているような気がする。


 放課後はさすがの竜崎も霜月に干渉してこないので、今のところ俺と彼女の密会はバレていない。

 でも、ひょんなことからバレそうでビクビクしていた。


 これではまるで、間男だなぁ。

 モブキャラにしては少し目立ちすぎている気がする。


 何事もなければいいんだけど……

 俺のモブキャラ生活は、少しずつ綻び始めている。


 中間テストが終わると、うちの学校では宿泊研修が始まる。

 それは、学園ラブコメにおける重要イベント。


 そのイベントをきっかけに、主人公様が最も活躍して、物語が急激に動き出すタイミングだ。

 はたしてその時も俺はモブキャラでいられるのか……正直、不安だった――

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