第二十七話 『幼馴染』という腐れ縁の断ち切り方

 六月。季節は梅雨で、ジメジメとした暑さが不快なこの頃。

 友人の霜月は俺の家で扇風機を独り占めしていた。


 彼女と友人になって一週間くらいが経過しただろうか。

 ここ数日、霜月は放課後になると俺の家を訪れるようになっていた。


『聞いて聞いてっ。パパとママにお願いして、なんと門限が19時になったわっ! うふふ、これで中山君と遊ぶ時間が増えたわよ? ねぇ、嬉しい? ちなみに私はとってもハッピーだわっ』


 その報告を聞いたのは昨日のことだった。

 別に俺の家と霜月の家は近くないんだけどなぁ……わざわざバスに乗ってまで来るので、不思議である。


 俺なんかに会いたいなんて……霜月は相変わらず、変な子だった。

 そして今日も我が家で彼女はくつろいでいる。リビングの扇風機を抱きしめるように座って、俺にイタズラっぽい笑顔を向けていた。


「暑い? ねぇ、中山君はもしかして暑いのかしら? 私に扇風機の風を奪われて困っていたりする? それは残念ね。もし扇風機の風を分けてほしかったら、冷凍庫に入っていたアイスがほしいわっ」


「……交渉っていうか、ゆすりみたいになってるぞ」


 そもそも俺の家だし、扇風機の前に立ちはだかってるだけだし、だからアイスが食べたいなんて交渉としておかしい。


「……チョコとバニラ、どっちがいい?」


「チョコ!」


 まぁ、あげるんだけど。

 このアイスは彼女が来ると思って買い置きしていたのである。でも、まさかもう冷凍庫の中身も把握しているとは思っていなかった……勝手に見たんだろうなぁ。いや、怒ってはいないんだけど、自由だと思った。


「美味しいわ……もう少ししたら、アイスでも誤魔化せないくらい暑くなるのかしら? 夏ってそういう時期よね……やっぱり、夏といえば海が定番なのかしら? その時はどうする? 私はね、海のフィールドが出てくるゲームか、海でサメさんに食べられる映画か、海に行くアニメが見たいわ」


「……海に直接行くのはイヤなんだな」


 友人になってから分かったことなのだが。

 霜月は完璧なインドア派である。アウトドアな趣味はあまり好まないらしい。


「だって、お肌が焼けちゃうものっ……ほら、私っていつもカーディガンを着ているでしょう? 夏でも関係なしに着ているのはね、別にファッションだからじゃないの。お日様に少しでもあたったら赤くなっちゃうから、ケアしてるのよ?」


 霜月は灰色のカーディガンをいつも着ている。少しサイズが大きめで、手も指先しか出ていない。ずっとファッションだと思っていたのだが、どうやらちゃんと理由があったみたいだ。


 そういえば、霜月は毎日ニーソックスをはいて、スカートの丈も長めにしている。だから足の露出もほとんどない。かなり入念に日焼け対策しているようだ。


「でも、暑いから本当は脱ぎたいわ……教室でも、私の席って窓際でしょう? 授業中に日差しが入るから、すっごく嫌なの。すぐ前にはあの人がいるし……中山君の席もちょっと遠いし、うんざりだったわ。でも、それも今日までよっ」


 途端にテンションの上がった霜月は、チョコのアイスを一気に口に放り込んだ。冷たさで頭が痛くならないのだろうか……彼女は鼻息を荒くしながら、俺の方に寄ってきた。


「中山君、これは秘密なのだけれど……実は明日、うちのクラスで席替えがあるわ。私ね、担任の鈴木先生にくじの作成を依頼されたの……うふふ、鈴木先生ったら『霜月さんは不正しないだろうし、信頼してる』って言われちゃったわ」


「へぇ……そうなのか」


 うちのクラスは一カ月に一度席替えをしている。そのたびにくじを作成するのだが、今回は霜月がその担当になったみたいだ。


「でもね、私には一つだけ懸念があるわ。それはね、幼馴染の竜崎君がいつも私の席の近くに来ることなの……別に意図なんてしてないのに、彼はいっつも私の視界に入っているのよねっ。腐れ縁ってやつかしら? 勘弁してほしいわ」


 幼馴染という関係は確率という概念を捻じ曲げるらしい。

 うんざりしたように語る霜月は、今までかなり苦労したのだろう。


「だからね、この腐れ縁を断ち切るために……今回、私はなんと不正をすることにしたわっ。幼馴染だからって常に一緒である必要はないもの。ただ古い知り合いってだけで別に特別な関係でもないし、そろそろ離れてもいいわよね?」


「あー……不正かぁ」


 幼馴染という腐れ縁の断ち切り方は、なんと力技だった。


「だから中山君も協力してね? 私、友人のあなたには近くの席にいてもらいたいわ……授業中、困ったことがあったら助けてほしいし、私も助けてあげたいものっ。うふふ、素敵だわ……退屈な学校生活が、やっと楽しくなる!」


 目をキラキラと輝かせながら、霜月は不正について語り出す。

 よっぽど竜崎と近くの席になりたくないみたいだった。


 ……本当は、不正なんてしてはいけないのだが、まぁ仕方ないか。

 それだけ、あいつのことが苦手なのだろう。


 神様もそろそろ、幼馴染という腐れ縁で繋がった運命を、切り離してあげてもいいのになぁ――

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