第二十六話 サブとモブの違い
もう、義妹の痛々しい姿を見たくなかった。
今日は少し、話しすぎた……前までは数度しか発声しない、なんて日がほとんどだったのに、霜月のおかげでたくさんしゃべるようになったなぁ。
おかげで喉が痛い。普段まったく喋らない弊害で、声が枯れていた。
だからそろそろ、話を終わって部屋で休もうとしたのだが。
「それにしても、おにーちゃんが霜月さんと仲良しなんてびっくりだよ……このこと、龍馬おにーちゃんは知ってるのかなぁ?」
不意に発した梓の一言に、俺は思わず目を見開いた。
まずい……そうだ、梓に俺と霜月の関係を知られたのは、まずかったかもしれない。
だって、梓は竜崎が好きだ。しかし竜崎は霜月に好意を寄せている……つまり、霜月は梓にとって恋敵という立場にいる存在だ。
その女の子が竜崎以外と仲が良いということは、つまり得するのは梓たちサブヒロインである。
竜崎の思いは報われないが、その空いた後釜を狙ってメインヒロインの座をかけた争奪戦が起きるだろう。
だが、霜月が誰ともくっついていない今の状況では、争奪戦すら起こせないような停戦状態だ。
サブヒロインが報われるために、霜月は邪魔な存在である。
だから、彼女たちが霜月という絶対的なメインヒロインを消したいと思ってもおかしくない。
いや、むしろ消えてほしいと願う方がよっぽど自然だ。
たとえば、竜崎以外の男とくっつけば……と、梓は期待しているかもしれない。
(それは、違う……あいつは逆境になればなるほど燃えるような主人公様だから、むしろ悪手だっ)
ただ、きっとサブヒロインの思い通りにはならない。
むしろ、霜月という絶対的な牙城はより強固になると思う。
竜崎龍馬は、主人公様なのだ。
追い詰められて、後がなくなってこそ、真価を発揮する。
きっと、霜月に対する猛アタックが始まるだろう。他のサブヒロインなんて見向きもせずに、まっすぐなラブコメを展開しようと熱くなるはずだ。
メタ的な視点で見ると、たぶんそうなると思う。
そして、そうなったとき……最も不幸になるのは、霜月だ。
俺と友人になったばかりに、大嫌いな人に付きまとわれるなんて、絶対に許せない。
だから俺は焦ってしまった。
「梓、ちょっと待ってくれっ!」
思わず梓の肩をつかんでしまう。久しぶりに触れた義妹の肩は小さくて、少し力を入れたら壊れそうなくらい、華奢だった。
「きゃっ……ど、どうしたの? いきなり……びっくりした」
驚かせて申し訳ないけど、謝るのは後だ。
「頼む、竜崎には内緒にしてくれ……俺と霜月のことは、言わないでくれないか?」
必死に、頼み込む。
情けない顔をしているのは分かっているが、懇願してでもそれは止めなければならないのだ。
「梓にとって都合が悪いとは分かってる……霜月は恋敵だし、竜崎じゃない男とくっついた方が、梓にメリットがあるのは理解している。でも、お願いだ……どうか、竜崎に言わないでほしい。俺にできることなら、なんでもやるから」
土下座でもしようかと思ったくらいに、俺は必死だった。
焦っているせいか、話は結構めちゃくちゃだ。いきなりだし、梓はまだ驚いているみたいで、目を丸くしている。
そんな彼女に、俺はなおも言葉を続けた。
「霜月は、竜崎と関わったらダメなんだ……あの子を傷つけたくないから、お願いだっ。梓に損をしろ、と言っているのは分かっている……それでもどうか、頼む」
すがりつくようにお願いする。
いよいよ、土下座をしようかと姿勢を低くしたのだが……そんな俺を、梓は制止してくれた。
「おにーちゃんが感情的になってるところなんて、初めて見たよ……びっくりした。おにーちゃんも、ちゃんと人間だったんだね」
それから、優しく微笑んでくれた。
「うん、いいよ。言わない……約束する。内緒にするから、そんなに泣きそうな顔しないで大丈夫だよっ」
そして、予想外にも彼女はあっさりと承諾してくれたのである。
彼女にとっては損をするはずなのに、そんなことどうでもいいと言わんばかりだった。
「梓はね、正々堂々と龍馬おにーちゃんに好きになってもらいたいの……霜月さんがダメになった後、その代わりに愛されたいなんて、思わないよ? 正々堂々と、霜月さんに勝ちたいから……ずるい手は、使わないもん」
清々しい言葉で、彼女は宣言する。
自分が損をすると分かっていても、彼女は自ら掲げた信念を貫こうとしていた。
そういうところは、素敵だなと……純粋に、思った。
もしかしたらこういうところが、『サブキャラ』と『モブキャラ』の違いなのかもしれない。
何者にもなれないモブと違って、彼女は『中山梓』という確固たるキャラクターを持っている。
そんな彼女が、とても魅力的に見えた。
「それにね……おにーちゃん、校舎裏で梓のことを助けようとしてくれたでしょっ? 『言いたいことがあるんじゃないか』って言ってくれて、嬉しかった……その応援を活かすことはできなかったけど、こんな酷い妹にまだ優しくしようとしてくれたもん」
そう言って、彼女は拳を握った。
まるで、自分に気合を入れるかのように、彼女はグッと力を込めている。
「だから、おにーちゃんに迷惑はかけない……あと、梓はね、やっぱり龍馬おにーちゃんのこと、大好きだからっ」
そして、さっきまで落ち込んでいた梓は、元気を取り戻したかのように笑った。
梓特有の、人懐っこくて愛らしい笑顔だった。
「霜月さんに負けないくらいに、がんばるよっ! 落ち込んでなんていられない……梓、今から龍馬おにーちゃんのところに行ってくるねっ。いっぱい甘えて、アピールしてくるよ!」
力強く宣言して、彼女は俺から離れていく。
そんな義妹の後ろ姿を見て、俺は小さく笑った。
「うん、頑張れ……」
もう、応援することしかできないけれど。
やっぱり梓には、その思いが報われてほしいと思う。
だって俺は、偽物ではあるけれど、それでもやっぱり『おにーちゃん』だったのだから――
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