第二十四話 可哀想なサブヒロイン
さっきまであんなに元気で饒舌だった霜月だが、義妹の梓が帰ってきたら途端に大人しくなった。まるで借りてきた猫みたいに落ち着きなくそわそわしている。
人見知りがしっかり発動しているようだ。
居心地が悪くなったのだろう。彼女は早々に退散することを決めたようだ。
「そ、それじゃあ、また明日ねっ……バイバイ、中山君。今日はありがとう、楽しかったわ。あ、でも、私がいなくなるからって他の女の子とイチャイチャしたらダメよ? 約束だからねっ」
そんな言葉を耳打ちして、彼女はその場を去っていく。
「…………っ!」
ただ、無言で梓の横を通り抜けるのは気が引けたみたいだ。顔を真っ赤にしながらも、ぺこりと会釈をしていた。
「あ、うん。どうも……」
梓も軽く頭を下げたら、霜月はぎこちなく笑ってから玄関に逃げていった。
後には、俺と梓だけが残される。
珍しく家に帰ってきた義理の妹は、霜月の背中を追いかけるように玄関の方をジっと見ていた。
「……初めて、あんな顔をする霜月さんを見た気がするなぁ」
やっぱり梓にとっても霜月は無口な印象の方が強いのだろう。
無表情で、まるで氷みたいな女の子だとばかり思っていたのに、ああやって赤面しながら焦っている顔を見せられたら、困惑するのも無理はない。
「いつも話さない人だし、龍馬おにーちゃんが『しほは一人が好き』って言ってたから、あんまり関わったことないけど……おにーちゃん、仲良かったんだね」
「ああ、うん……そうだな」
頬をかきながら、義理の妹に言葉を返す。
正直、霜月ほどではないが、俺も居心地が悪かった。おかげでソファに座ることもできずに、立ち尽くしたままである。
だって、数日ぶりに『兄妹』としての会話をしたのだ。
外では『他人』でいようと、俺達は以前に約束している。高校の入学式が終わって、梓が竜崎と出会ってすぐのことだ……彼女は『竜崎を一途に愛する』と覚悟を決めて、俺と決別したのである。
他の男と関係を持っていては、ただでさえ遠い存在の竜崎に追いつけないと、梓は思ったみたいだ。
『梓が探してた理想のおにーちゃんは、たぶんおにーちゃんじゃない。龍馬さんが、梓の本当のおにーちゃんだと思うの』
そう言われて、まだ二カ月くらいしか経っていないのか。
あれから随分と時間が経った気がするなぁ。
以来、俺達は家の中でのみ『兄妹』として振る舞うことを約束した。
外では他人のように『中山さん』と呼んでほしいと言われたくらい、俺と梓の関係は薄くなってしまったのである。
でも、やっぱり梓も少し気が引けていたのかもしれない……俺と顔を合わせるのを嫌がるようになって、竜崎の家に入り浸るようになった。
ほとんど毎日のようにお泊りして、大好きな『龍馬おにーちゃん』に甘えているらしい。
だから、今日も帰ってくると思っていなかった。
「何かあったのか? 帰って来るなんて、珍しいな」
もしかして、体調が悪いのだろうか?
だとしたら、安静にしててほしい……と、心配になったのだが、どうやらそういう理由はないらしい。
「体は大丈夫……でも、ちょっとだけ、今日は気分が乗らなかったの。だから、帰ってきちゃったけど……ごめんね、邪魔しちゃったかなぁ?」
「……いや、一応ここは梓の家でもあるから、遠慮しなくていいよ」
気を遣う必要はない。
俺は、君の理想の『おにーちゃん』になれなかった、ただの偽物だけれど……家族であることに、変わりはないのだ。
「もし、辛いことがあったら言ってくれ。力になれるようなことがあれば、手を貸すから」
かつて、大好きだった人は、もう遠くに行ってしまった。
今はもう、俺じゃない人を好きになって、その人の為だけに人生を捧げようとしている。
もう俺が彼女を幸せにすることはできないだろう。
家の中、という限定的な場所でしか兄として振る舞うこともできないが……せめて家の中では、強がらずに妹として過ごしてほしい。
でも、梓本人はそれを望んでいないのだろう。
ゆっくりと首を横に振っていた。
「大丈夫。私にはもう、おにーちゃんに甘える資格がないから……気にしないで? ごめんなさい、いつも優しくしてもらって」
もうとっくの昔に覚悟は決めているみたいだ。
竜崎以外の男性を切り捨てて、あいつにのみ自分の全てを捧げる――そう決意したらしい。
……ああ、見ていられない。
自分の妹だから、余計に直視できない。
なんて、痛々しいのだろう。
本当に、見ていて悲しい気持ちになる。
サブヒロインは、ともすればモブキャラ以上に……可哀想な存在だと思ってしまった――
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