第二十三話 義理の妹って恋愛対象に入らないの!?

 ふと思い返してみると、そういえば霜月に『義理の妹がいる』と伝えていないことを思い出した。

 もしかしたら彼女は、俺が一人暮らしをしていると勘違いしていたのかもしれない。


 だったら、突然家に来た梓を『俺が引っかけた女の子』と勘違いするのも無理はない……と、納得はできないなぁ。


 いや、普通は気付くと思うんだ。だって、二階にある俺の部屋の隣には『梓』とネームプレートが下げられた部屋があるし、リビングの窓から見えるベランダにある洗濯物にも梓のものがあるのだ。察しが悪い子でなければ、きっと他にも家族がいるのだと気付けたと思う。


 もしかして霜月は、俺以外に何も見えていなかったのだろうか。それほどまでに、俺に夢中になっていた……なんてことは、ありえないか。モブキャラの俺が、思い上がりも甚だしい。


 まぁ、霜月は結構なポンコツなので、気付かなくてもおかしくない。

 あまり変な勘違いはしないように気を付けよう。


「……あれ? 誰かお客さんがいるの?」


 一方、帰ってきた梓は、玄関にある霜月の靴を見て来客がいることを察知したみたいだ。まっすぐにリビングに向かってきて、ひょっこりと顔を出す。


 幼い顔立ちをした、黒髪ツインテールの少女が現れる。

 そして、梓と霜月はお互いを認識するや否や、目を丸くした。


「え? どうして霜月さんがここにいるの?」


 梓の疑問は当然である。

 学校にしかいないはずの霜月が自分の家にいたら、驚くのも無理はない。


「にゃ、にゃ、にゃっ……にゃかやまくん、ちょっと!」


 それから、霜月にとっても梓の登場は予想外だったのだろう。

 まさかの同級生、しかもクラスメイトの登場で、物の見事に人見知りを発動させていた。


 途端に緊張した面持ちになって、彼女は言葉を噛みまくる。それでも何か言いたいことがあったみたいで、俺の耳に顔を近づけて囁いてきた。


「わ、私と胸の大きさが少ししか違わない女の子と浮気したのねっ? 酷いわ、せめてもっと大きな胸の女の子と浮気しててほしかったわ……た、確かに私はあの子より小さいけれど、差はほとんどないと思うの。それに、私がちっちゃいのは私のせいじゃなくて、パパとママの遺伝子のせいなのに、酷いわっ」


 いや、何に怒ってるのか分かんないや……霜月のペースに合わせていたらいつまで経っても誤解が解けそうにないので、強引に話を切り出した。


「紹介するよ。梓は義理の妹だよ……ほら、名字が同じだろ? 実は兄妹だからなんだ。まぁ、兄妹って言っても同い年だし、誕生日が少しだけ俺の方が早いだけなんだけど」


 まずは霜月にそう伝えて、今度は梓の方に意識を向ける。彼女は不思議そうな顔で俺と霜月を交互に見ていた。


「おにーちゃん……どういうこと?」


「ああ、うん、実は霜月と友達になったから、家に招待……? うん、とにかく来てもらっておしゃべりしてたんだ。驚かせてごめんな」


 招待というか、ストーカーされたとはさすがに言えなかったので、曖昧にしておく。


「へぇ……そうなんだ。なんか、意外だよ」


 梓はポカンとしていた。うん、気持ちはわかる……俺みたいな人間が霜月と友好があるなんて、意外だよなぁ。


 まぁ、そのことに関しては今更である。あまり考えても仕方ない。

 それに、今の説明で霜月の誤解も解けたことだろう。


「兄弟だから、浮気でもなんでもないよ。分かってくれたか?」


 今度は俺が霜月に耳打ちして、ハッキリと伝えた。

 いや、そもそも友人関係に浮気なんて概念がそもそもないのだが、一応は念のため言っておく。


 しかし霜月は納得いってなさそうな顔をしていた。


「義理の兄妹なんて、卑怯だわ……うぅ、アニメだったらヒロインの定番だものっ。ずっと同じ屋根の下にいる女の子に恋しないわけがないわっ! 私は最初から負け犬だったのね……うぅ、辛いわ。このまま中山君を殺して私だけのものにしたくなっちゃう」


「怖いよ」


 殺すのだけは勘弁してほしい。

 いや、まぁ冗談だろう。本当に冗談であってほしかった。


「なんていうか……たぶん、勘違いしていると思うんだけど、本当にただの兄妹だぞ? 恋愛対象になんて入らないから、安心してくれ」


 こんなことを言うのは、なんか恥ずかしい。

 でも、こう言わないと霜月は元気を出してくれそうになかったら、なんとか声を絞り出した。


「俺にとって唯一の友達は、霜月だけだから……梓はただの妹だよ」


 本当に、梓はただの妹でしかない。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 梓にとっても、俺はただの兄でしかない存在だ。


 しかもそれは『家の中だけ』という明確なルールが存在する。

 家を一歩外に出たら、俺達は戸籍上の兄妹という関係でしかなくなるのだ。

 そう約束したから、俺達の関係がこれ以上進展することはないだろう。


 かつてはもう少し、お互いのことを大切にしていた時期もあったのかもしれないけれど……もう、そんな関係ではなくなってしまったのだから。


「ほ、本当に? 義理の妹って恋愛対象に入らないの!? こ、これが現実ってやつなのね……びっくりだわ。初めて知った。うん、なるほど……だったら私はまだ負けてないわ。うふふ、それならいいの。良かったわ」


 そして、霜月は自分の勘違いに気付くや否や、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

 こんなに露骨な好意を示されると、ちょっと反応に困ってしまった。


 もしかして……霜月は、俺のことを恋愛対象に見ているのだろうか?

 だから俺が他の女の子と仲良くしていたら、嫉妬したりするのだろうか?


 思わず、そんなことを勘違いしそうになるくらい、霜月は思わせぶりだ。

 もうちょっと、モブキャラに気を遣ってほしいものである――


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