第二十一話 もしいつか、モブキャラじゃなくなったら

 霜月がちょこちょこと俺の後ろをついてくる。


「うふふ、お友達のお部屋なんて初めてだわっ。ねぇねぇ、中山君はこういう時のお約束って知ってる? 男の子のお友達の家に初めて行ったら、絶対にやらないといけない礼儀作法があるのよ? 私、それをアニメで見てからずっとやってみたかったの」


 彼女は俺の部屋を見たいとご所望だったので、仕方なく案内していた。

 霜月は不思議な子なので、俺のことを特別な存在だと思ってくれている。だから部屋も見たい、と言われてしまっては、断ることはできない。


 どうも彼女は本当に俺の部屋を見るのが楽しみらしく、足取りがふわふわと軽かった。まるでスキップしているようにも見える。


「礼儀作法? 知らないなぁ……アニメ、あんまり見ないから」


「え? 中山君、正気かしら? アニメを見ないなんて、生きている意味があるとは思えないの……もしかして中山君って死んでたりするのかしら? それは大変だわ、私のお友達なんだから生き返らないとダメよっ」


「いや、死んでないから」


 苦笑しながらそう答えたら、彼女は嬉しそうに鼻息を荒くした。


「もちろん知ってるわっ。今のはボケよ? できれば中山君には『死んでないやろがーい』って関西弁でツッコミを入れてほしかったけれど、まぁ及第点をあげるわ。私、お笑い番組も好きだから、とっても詳しいのっ」


 この子は結構、多趣味だ。

 そして聞きかじっただけで自分がその分野に精通していると勘違いするタイプでもあるらしい。


 うん……まぁ、ボケにしてもツッコミにしても、あんまり面白くはなかったなぁ。霜月は結構ポンコツなので、やることなすこと案外クオリティが低かったりする。


 そんなこんなで、俺の部屋に到着する。

 さっきからダラダラとしゃべっていたのは、俺が足取りを遅くしていたせいだ。

 ひょっとしたら霜月の気が変わらないかと期待していたのだが、やっぱり彼女は俺の部屋に入る気満々だった。


「ここなのね? じゃあ、おじゃましますっ! さて、答え合わせをするわ……男の子のお部屋に初めて行って一番最初にやるべき礼儀作法とは――エッチな本を探すことよっ! アニメでは定番のお約束だし、私もやってみたかったの!」


 意気揚々と部屋に入る霜月。

 テンションが上がっているのか、さっきから声が大きい。

 二人きりという状況なので、もちろん人見知りも発動していない。

 内弁慶だからか、今の彼女は気も大きかった。


「さぁ、どこにあるのかしら!? ベッドの下? それとも引き出しの奥? もしかして押入れの中? うふふ、この前トレジャーハンターの映画を見たから、宝探しはたぶん得意よ? 私に見つけられないものはないわっ!」


 そう言って、霜月はごそごそと俺の部屋を漁り出す。

 そんな彼女を、俺はぼんやりと眺めていた。


 普通なら焦るところかもしれないが……残念ながら、俺にそんな面白いイベントは起きないのである。


 だって、俺には趣味がない。

 そもそも、好きなものがない。

 エッチな本に関しても、正直よく分かっていないというのが本音だったりする。

 悲しいモブキャラの性分なのか……俺には色がないのだ。

 個性と呼べるべき主義や主張が、設定されていないような……メタ的になるけど、そんな感じである。


 だから、わくわくしている彼女には悪いけど……どんなに探しても、この部屋には面白い物なんてなかった。


「あの、霜月? ごめんだけど、エッチな本なんてないぞ?」


 申し訳ないが、しっかりと伝えておく。


「俺、趣味とか好みがないからさ……そういう嗜好品や娯楽品は、持ってないんだ」


 言いながら、自分のことを少し情けなく思う。

 普通にすらなれない俺なんて、やっぱりモブキャラでしかないと思った。


 この部屋を俯瞰で見てみたら、俺に個性がないことがよく分かる。

 置いてある家具はベッド、勉強机、クローゼット、棚くらいだ。


 備品も、勉強道具一式に、着替え、寝具、後日用品が少々で、娯楽品など一切ない。


 殺風景な部屋は、やっぱり霜月がいる場所として相応しくないと思う。

 なんとなく、部屋を出たくなった。霜月という素敵な女の子がこんな場所にいてはダメだと思ったのである。


 だが、そんな卑屈な俺を、霜月は笑い飛ばした。


「むぅ、なるほど……残念だけれど、お約束はできないのね。うぅ、楽しみだったけれど、仕方ないわ。趣味がないなんて、中山君はとっても不思議な子だわ。ますます興味深くてわくわくしてくるっ」


 俺の前で、霜月は絶対に表情を曇らせない。

 俺がダメだと思っている部分も、彼女にとっては魅力の一部だと言わんばかりに、肯定してくれる。


 まるで、天使みたいな女の子だった。


「だったら、私がいっぱい『楽しい』を教えてあげるわ。つまり私は趣味の先生になるの……うふふ、素敵ね。私、ずっと一人でばっかり遊んでいたから、友達と遊ぶことに飢えているし、お互いにウィンウィンだと思うわっ!」


 趣味を、教える……って、それって単純に一緒に遊びたいだけでは?

 一瞬、そう思ったが、申し出としてはとてもありがたかった。


 こんな無色なモブキャラでも色づくことができるのだろうか。

 モブキャラの俺が個性を持つことができたなら……それはとても、いいことだと思った。


 もし、俺が自分という存在を確立して、モブキャラではない立場で物語の舞台に立てたとしたら。

 その時は、きっと……霜月のことを、もっと違う目線で見ることができるかもしれない。


 今は正直、友達という立場にいても恐れ多いけれど。

 もっと、対等に……たとえば、彼女を『好き』と思えるくらいに自分に勇気が持てたらいいなと、そんなことを思うのだった――

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