第二十話 主人公様が彼女に執着する理由
霜月は、俺のことを『特別』だと言ってくれた。
そのことに驚いたが、しかしよくよく考えてみると、それは当たり前な気がした。
俺が特別な存在になれるのが、当たり前というわけじゃない。
彼女は俺のことを友人にしてくれたのだ。しかも、彼女にとってたった一人の友達である……特別でないわけがないか。
「以前から思っていたけれど、中山君は自分に自信がなさすぎるわっ……いっつもびくびくしてばかりだし、私に遠慮しているでしょう? お友達なんだからもっと気楽にしてほしいわ。そうされると、少し寂しいもの」
珍しく不満そうな顔をしている霜月。
唇を尖らせて、ほぺったをぷくーっと膨らませている。
こういう時でさえかわいいのは、卑怯だと思う。
「ご、ごめん……」
反論なんてできない。なんとか謝るのがやっとだ。
何故なら、思わず見とれてしまうくらいに、霜月がかわいかったのである。
ああ、なるほど……主人公様が狂うほどにこの子を愛している理由が分かった。
彼女は、あまりにもかわいすぎる。
顔が、ではない。いや、もちろん顔も最上級だと思うけど。
それよりも、この子は性格が魅力的だ。愛されて育ったおかげか、雰囲気がとても柔らかくて……隣にいて、すごく心地がいい。
こんな女の子、見たことがない。
唯一無二の存在だと、自信を持って言えた。
主人公様はきっとそれが分かっている。冷たくされているだろうが、竜崎はきっと本能で霜月の魅力を嗅ぎ取っているのだろう。
主人公様のお眼鏡は質がいいはずだ。
数々の女の子と関わっているからこそ、余計に霜月の魅力というものが分かっているのだと思った。
「私は、その……世間一般的で言うところの『人見知り』とやらを、ちょっぴりだけ患ってるわ。本当に少しだけよ? ほら、前世はナワバリ意識の強い小動物だから、他人の目があると緊張するって言ったじゃない?」
なおも霜月は語る。
おしゃべりなこの子は、止めるまでその愛らしい声を唄い続ける。
特別な存在である俺にだけ、向けられた言葉だ……今はただ、耳を傾けたかった。
メインヒロインの意識を、今だけはモブキャラの俺が独占できる。
それがとても嬉しかったのだ。
「でも、中山君だけは不思議なことに、緊張しないの……一目見た時から、不思議だったわ。いや、見た時じゃなくて、『聞いた時』ね。私、耳がいいから……あなたからにじみ出る音がとても興味深くて、つい夢中になっちゃうの」
相変らず、霜月は独特な世界観で物事を語る。
発言の全てを理解するのは難しい。でも、なるべく分かるように、必死に彼女の言葉を聞いた。
「それでね、お友達になってみて、私はもっともっと中山君のことを知りたくなったわ。知れば知るほど、音が変化する……私が語りかけたり、触れたり、笑いかけるたびに、音色が響くわ。楽しくて、素敵で、綺麗な音色が聞こえるの」
「……音色?」
「ええ、音色よ。たとえるなら、楽器かしら? 自分で音を発することはできないけれど、演奏者がいたら素敵な音楽を奏でるでしょう? それに近いわ……私はあなたの演奏者なの。今はとにかく、あなたという楽器の音を調べている最中だわ」
そう言って、彼女は俺のほっぺたをつついた。
つんつん、と……イタズラを仕掛ける子供もみたいに、無邪気な笑顔を浮かべる。
「だから、もっと触りたくなる。おしゃべりがしたくなる。もっともっと、中山君のことが知りたくなるし、仲良くなりたくなる……だから、友達をしているわ。私にとって、あなただけが特別だから。それをきちんと、理解してね?」
……そうか。彼女の距離感の近さは、そういう理由があったからなんだ。
信じられないことだけど……霜月は俺に強い興味を抱いているらしい。
正直、発言の半分も意味は理解できなかった。特に『音色』のくだりは、共感できる部分も少なく、頭が混乱しそうになった。
でも、それは気にしなくていいだろう。
とにかく、霜月は俺のことを『特別』に思ってくれている。
「うん。分かった……ありがとう。なんか、救われた気がするよ」
それだけで、俺はとても幸せな気分になれるのだから――
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