第十九話 モブキャラなんて、悲しいこと言ったらダメよっ?
どうやら霜月は俺を尾行していたみたいだ。
き、気付かなかった……なかなかのストーキングである。ちょっと怖いくらいに気配がなかった。
「そういうわけだから、お邪魔していいかしら? あ、ご両親はいらっしゃる? ご挨拶させてほしいわ。私、おじさまとおばさまくらいの年齢の人なら人見知り……じゃなかった! ちょっぴりだけ人前で緊張するクセがあるけど、パパとママくらいの年齢なら普通にお話できるのよ?」
自分で人見知りって言っちゃってるし。
ともあれ、彼女は礼儀正しいみたいだ。言葉遣いもそうだけど、仕草や態度の全てにどことなく品を感じる……ご両親に大切にされているみたいだし、たぶん育ちがいいのだろう。
知れば知るほど、霜月しほという女の子の魅力が濃くなっていく。
こんなに底が深い人間というのも、なかなか珍しい気がした。
「いや、大丈夫だよ。うちの両親は二人とも海外に出張中だから」
まぁ、両親は不在なので気を遣う必要はない。
鍵を開けて、どうぞと招き入れた。
「まぁ、それはそれは……とても残念だわ。ぜひとも、中山君のパパとママの顔を見たかったのに。ついでにあなたの子供の頃のアルバムとか見せてもらって、昔話をしてほしかったわ」
「別に俺のアルバムなんて見ても楽しくないと思うけど……あと、恥ずかしいから勘弁してくれ」
相変らず不思議だ。
モブキャラな俺のアルバムなんて、見ていて本当につまらないものである。
しかし霜月はとても興味津々なのだ。
俺のことを知りたくてうずうずしているのである。
「おじゃましま~す。ふーん、なるほどなるほど……中山君はここで生まれ育ったのね。うちよりもちょっとだけ広いかしら? でも、これくらいの規模だとすぐに家族の顔を見ることができるから、素敵だわ」
興味深そうにキョロキョロと家を見渡している霜月。
本当に、ただの一般的な一軒家なので、見所なんてないと思うんだけどなぁ。
とりあえず、俺の部屋ではなくリビングに彼女を迎える。俺としては、お茶とかお菓子とか出して、適当に食べながら雑談すればいいと思っていたのだが……しかしそれは失敗だったみたいだ。
「あれ? なんで中山君のお部屋に連れて行ってくれないの? 私、あなたのお友達なのに……遊びに来た友人を招き入れるのは自分の部屋だと相場が決まってるわ。中山君って、もしかして世間のことを知らないのかしら? 変な人だわ」
きょとんとした顔で、さも常識を語っているような顔をしているが。
いや、それはおかしい。だって、友人になって二日目の異性の家に無理矢理上がり込んだのも常識ではありえないし、更に言うなら自分から部屋に行きたがるのも謎だ。もっと、こう……警戒とかした方がいいと思う。
霜月は結構、無防備な一面がある。普段は警戒心剥きだしで、他人の気配があるだけで緊張してしまうくせに、どうして俺のことだけはこんなに信頼しているのか、分からない。
うん、そうだ。
もっとおかしいのは、この子が俺に興味津々なことなのである。
それがずっと心の片隅にあったからなのか。
ちょうどいい機会なので、思わず聞いてしまった。
「俺の部屋なんて本当に面白くないぞ? というか、俺本人だって退屈な人間だし……こんなモブキャラのことを知りたがっている霜月の方が、ちょっと変じゃないか?」
俺の言葉に、霜月はぽかんと口を開ける。
まるで、謎の宗教を勧誘しながら宇宙のことを語る迷惑人間を見るような顔だった。
「モブキャラ? 中山君が? んー? どういうことかしら……私は別に、あなたがモブだなんて思わないわ。退屈でも、つまらないとも、感じたことなんてないもの。不思議なことを言うのね……こんなに態度で示しているのに、中山君にはまだ伝わってなかったなんて」
それからため息をついて、彼女はニッコリと笑う。
見ている人を幸せにしそうなくらいの愛らしい笑顔で、霜月はこんなことを言ったのだ。
「私にとって、あなたは特別だわ。モブキャラなんて、悲しいこと言ったらダメよっ? まったく、謙虚なところは悪くないけれど、卑屈になったらダメだわ。自分を否定するなんて、悲しいことしないで……友達の私が、傷つくもの」
――初めての言葉だった。
その他大勢の一人である俺を『特別』だと言って、肯定してくれた。
嬉しかった、というよりも……びっくりした、と言った方が正しい気がする。
そっか、この子にとって俺は特別だったんだ――
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