第十七話 ハーレム主人公だけど無口な幼馴染だけを俺は愛している

 竜崎龍馬の物語をタイトルにするなら、どうなるんだろうか?


 午後の授業中、ぼんやりと黒板を眺めながらそんなことを考えてみる。


 昼食後でちょうど睡魔がやる気を出しているので、黒板に並んでいる数字の文字列はまったく頭に入ってこなかった。


(タイトルは……そうだなぁ。『ハーレム主人公だけど無口な幼馴染だけを俺は愛している』とかか?)


 酷いタイトルだ。自分の発想力の低さに、思わず苦笑してしまう。

 でも、まぁ事実を羅列したらこんな感じになるだろう。


 物語としては、ハーレム主人公気質の竜崎が、あらゆる女の子に誘惑されるが……幼馴染だけを一途に愛する、という流れになるだろうか。


 病弱で、無口で、一人でいることが大好きな幼馴染は、最初は竜崎にすら心を開かなかったけど、少しずつ仲良くなっていって……最終的には、『他の女の子よりもお前が好きだ!』なんて告白して、見事カップルになるのである。


 他のサブヒロインたちはそのことを悔しく思いながらも、『龍馬が幸せになるなら、それでいい』と自分を納得させて、主人公とメインヒロインを祝福するのだ。


 ――そんな、うすら寒いテンプレ物語を予想して、反吐が出そうになった。

 この物語で幸せになれるのは、たった一人だけだ。


 もちろんそれは竜崎龍馬だけで、その他のヒロインたちは幸せになれない。

 メインヒロインの霜月ですら、今後の人生ではかなり苦労するだろう。

 物語はカップルになったところで幕を閉じるだろうが、人生はまだまだ続く。


 ハーレム気質の主人公が、普通の結婚生活を送れるか?

 生粋の女たらしで、優柔不断な性格なんだぞ?

 もしかしたら、サブヒロインの誰かが愛人になったりする可能性もある……そうなったら、霜月はどんなことを思うのだろうか?


 ……考えるだけで、頭が痛くなりそうだ。

 このストーリーの結末を考えるのは、もうやめよう。気持ち悪くなりそうだ。


 閑話休題。

 結局のところ、竜崎が執着しているのは霜月だけである。彼女は残念ながらメインヒロインの座にいるようだ。


 その他のハーレムメンバーですら、あいつにとってはサブキャラクターでしかないのだろう。


(……報われないなぁ)


 俺が大好きだったあの子たちですら、物語の舞台では隅っこにしか立てないのか。だとしたら、切り捨てられた俺が本当に惨めである。


 サブキャラですらないモブキャラなので、まぁその方が適切なのか。


 モブに人権などないので当たり前だ……というか、今更俺のことなんてどうでもいいか。


 自分のことを主人公と思い込んでいたモブキャラなんて、哀れな道化でしかない。笑うことも難しいような惨めな存在のくせに、報われようとすることがそもそもおかしいのだ。


 でも、せめて……一つだけ、願いはある。


(どうか……誰か一人だけでも、幸せになりますように)


 せめてもの祈りは、サブヒロインとして懸命に足掻く彼女たちの思いが、少しでも報われることだった。


 サブヒロインがメインヒロインを越える物語はあまり珍しくもない。

 人気が出た、あるいは作者が気に入った、もしくは物語の流れで仕方なかった……とか、理由はなんでもいい。


 義妹の梓、幼馴染の結月、親友だったキラリ……せめて、誰か一人だけでも、報われてほしい。


 ハーレムメンバーは三人だけじゃないし、他にもたくさんいるけど……いや、現在進行形で増えているし、主人公はとんでもない女たらしで、出会った女の子を次々に惚れさせてしまうから、競争率は高いだろう。


 サブヒロイン内ですら激しい争いを繰り広げるなんて、とんでもない主人公である。モブキャラとして……いや、普通の人間としては、あんな男を好きになる理由が分からない。


 思いが報われる可能性が低いのに、思い続けるなんておかしくないだろうか。好きになったら仕方ない、で済むほど恋に盲目になれない。


 でも、たぶん……彼女たちにとっては、それが普通なのだろう。

 それくらい人を好きになったということなのだ。彼女たちと比較して、俺はたぶん軽薄な愛情しか抱いたことがないから、理解できないのかもしれない。


 不幸になると分かっていても、恋せずにはいられない。そういう状態なら、頑張ってほしい。

 どうか、その手で幸せをもぎ取ってほしい。


 それが、モブキャラとしての精一杯の願いだった――


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