第十六話 モブキャラに感情は要らない


 ――騙せ。


 ――偽れ。


 ――欺け。


 己にそう言い聞かせて、俺は竜崎に向かってへらへらとした笑顔を浮かべた。


「本当に何もなかったぞ? いやぁ、やっぱり霜月さんはガードが固い女の子だなぁ。口説きたかったのに、その隙もなかったんだもん」


 設定としては、ヒロインにちょっかいを出す噛ませ犬だ。

 結局、主人公様には敵わないということを印象付けるためだけの、舞台装置である。


「口説く? お前、しほを口説こうとしたのか?」


「いや、だってあんなに可愛いし……言いにくかったけど、うん。どうにかお願いして、お昼ご飯を一緒に食べてもらったんだ。霜月さん、優しいから……渋々だけど一緒にご飯を食べてくれたよ」


 そう言うと、竜崎は一気に安堵したかのように、肩の力を抜いた。


「なんだ、そういうことかよ……ただのチャレンジャーだったか」


「うへへ。まぁ、結局何も進展できなかったけどなっ! でも、あんなに綺麗な子がクラスにいるんだから、挑戦してみたくなっちゃって……ここに呼び出してどうにか口説こうとしたら、竜崎が来たんだよ。そのせいで霜月さんも調子狂ったみたいで、帰っちゃったなぁ」


 顔には笑顔を張り付ける。

 心がチクチクと痛むのは、きっとかつては主人公だと勘違いしていたプライドが、まだどこかに残っていたからかもしれない。


 そんなもの、要らない。

 俺はただのモブキャラでいい。

 霜月に迷惑をかけるような邪魔な物は、捨ててしまって構わない。


 ――媚びろ。


 ――へつらえ。


 ――尻尾を振れ。


 とにかく、情けない男子高校生を演じろ。

 竜崎が『取るに足らない存在』と思えるような、名前のないキャラクターになれ。


「いやぁ、たぶんあれは振られちゃったかなぁ……仕方ないか、霜月さんは高嶺の花だしなっ! でも俺は諦めない……また何度でも、挑戦してやる!」


 愚かな振りをする。

 報われない恋をする、哀れな道化を演じる。

 そんな俺を見て、竜崎は明らかに気を抜いていた。


「そうか……お前がここに呼び出して、二人きりの状況を作ってたのか。勘違いしたよ、申し訳ない。そうだよな、しほが俺に隠し事なんてするわけないよな……幼馴染なんだから、当たり前だよなっ」


 そうしたら、都合よく設定を補完してくれた。

 これが主人公様の驕りであり、弱さだと思う。


 容易に欺けたことに、まずは安堵した。

 それから、今後も霜月に迷惑が掛からないように……布石を打っておくことにした。


「幼馴染は強いなっ! でも、俺も負けない……いつか、どうにか霜月さんと仲良くなってやるからな!」


 快活でアホな男子を演じた。

 これで今後、何かあった時に霜月と話していても、『モブキャラが一生懸命気を引こうとしているだけか』と竜崎に思わせることができるはずだ。


「見てろよ! 俺だって、やればできるんだっ!」


 そんな俺が能天気に見えたのだろう。竜崎は明らかに見下したように、笑った。


「ふっ……まぁ、頑張れよ。しほは色々とたいへんな女の子だから、たぶん無理だと思うけどな。あの子を理解しているのは、幼馴染の俺だけだし?」


 いい感じに、気分も良くなってくれたみたいだ。

 竜崎は爽やかに笑って、スッと手を差し出してきた。


「俺、中山のことを誤解してたよ。お前、結構面白い奴だな……これからは友達になろうぜ」


 ……何が面白かったのだろうか?

 モブキャラの分際でメインヒロインに手を出すのが、滑稽に見えたのか?


 俺とお前が、友達だと?

 ふざけるのも、いいかげんにしろ。


「無理だ」


「…………え?」


 ダメだった。

 さすがにこれだけは、偽れなかった。


 どんなに自分を騙しても、愚かな自分を演じても……一つだけ、どうあがいても嘘を付けない気持ちがある。




 ――俺は、竜崎が嫌いだ。




 心の底から、大っ嫌いだ……とは、もちろん言わない。

 そこまで言ってはモブキャラとして存在感を消す、という目的が達成できなくなるので、すぐに俺は愛想笑いを浮かべた。


「だって、俺の一番のライバルなんだからなっ! 竜崎の友達という立場に甘えたら、一生霜月さんと仲良くなれなさそうだ……勝てないって分かってるけど、挑戦はさせてくれよっ!」


 適当に理由付けをしておく。

 そうすれば、一瞬戸惑った顔になった竜崎も、安堵してくれたようだ。


「急に睨んでくるからびっくりしたよ……そういうことなら、仕方ないな。友達にはなれないけど、これからよろしくな!」


 能天気なことをいう竜崎。たぶん、俺のことはただの雑魚だと認識したことだろう。


 どうにかはぐらかすことに成功できたと思う。

 これで竜崎が霜月に絡むこともないだろう。


「じゃあ、俺は教室に戻るよ。中山も、遅刻しないようにしろよ?」


 その言葉を残して、竜崎はやっと帰ってくれた。

 彼が去るのをしっかりと確認してから、俺はゆっくりと息を吐き出した。


「ふぅ……」


 その場に崩れ落ちるように座り込んで、拳を握る。


「――っ!!」


 そのまま地面に叩きつけて、怒りを発散した。


「……痛いな」


 血がにじんだ拳を見て、少しだけ冷静さを取り戻す。

 媚びてしまった。主人公様にへりくだってしまった。やっぱりそれは、悔しかったけれど……まぁ、これでいいのだ。


「モブキャラなんだからな。感情なんて、要らないだろ」


 皮肉を呟いて、無理矢理笑う。

 はぁ……鏡を見なくても分かる。きっと今浮かべている笑顔は、見るに堪えないくらい歪んでいるだろうなぁ――

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