第十五話 モブキャラである唯一のメリット
竜崎龍馬は、幼馴染の霜月しほにご執心である。
お昼ごはんを他の男子と食べた、という事実に狼狽えているようだった。
どうして霜月と俺が一緒にいたのか。
二人で何をしていたのかを、あいつは知りたがっている。
「別に、なんでもないよ。竜崎が気にするようなことは何もないと思うけど」
はぐらかしながら、思考を巡らせる。
確信を得られるような答えを躊躇しているのは、答え次第によって霜月に迷惑がかかる可能性があるからだ。
たとえば、本当のことをすべて打ち明けたとしよう。
霜月が本当は竜崎を苦手としていて、俺と友人になったから一緒にご飯を食べていただけ、と説明したとする。
普通の人間は、嫌われていると自覚したら身を引くだろう。
だが、竜崎は普通じゃない。『主人公様』なのである。
『俺のことが嫌い? いや、しほは本当の俺を知らないだけだ! 本当の俺を知ってもらえれば、きっと好きになってくれる! だからもっと、アプローチをしかけよう!!』
そういう思考回路が形成されてもおかしくない。
恐らく、竜崎はそういうタイプの主人公である。
普段はなよなよしているというか、優柔不断だけど。
いざ覚悟を決めたら、まっすぐ突き進むことだろう。
主人公様というのは、追い込まれれば追い込まれるほど、やる気を出す生き物なのだから。
ああ、虫唾が奔る。
一方的で、相手の思考を塗りつぶそうとするかのような圧に呼吸困難を起こしそうだ。
きっと、その対象となった霜月は、俺以上に苦しむことになるだろうけど。
だから、本当のことは言えない。霜月はあんなに竜崎のことを拒絶しているのだ。
彼女は、なんの変哲もないモブキャラの俺を、友人と言ってくれた。
こんな俺に価値を見出してくれて、慕ってくれた。
それがすごく嬉しい反面、俺には彼女に返せるものが何もないから、実は少しだけ罪悪感のようなものを覚えている。
俺には彼女を喜ばせるようなことは何もできないけれど。
せめて、迷惑だけはかけないように、気を付けたいと思っていたのだ。
「なんでもない? こんなひとけのない場所で二人きりなのに、なんでもないわけないだろっ……なぁ、しほは何か俺に隠し事をしているのか? 俺に言えないようなことで、悩んでいたりしてないか?」
さぁ、どう答える?
自分の都合がいいように妄想を膨らませる主人公様に、何を言えばいい?
「もしかしてしほは、俺に迷惑をかけないために、お前に相談してたりするんじゃないか? それなら言ってくれっ……幼馴染なんだから、迷惑なんてかけられても気にしないっ。もし口止めされてるんだったら、大丈夫! 俺が説明するから、きちんと言ってくれ!」
よくもまぁ、ここまでご都合的なことを考えられるものだ。
下手なことを言うと、霜月に大きな負担がかかりそうである。
たぶん、竜崎は焦っているのだ。
こいつも心の片隅では俺のことが気になっているのだと思う。
もしかしたら、霜月しほの特別な存在が、俺なのかもしれない――と、こいつは不安になっているのだ。
だから理由を懸命に探っている。
自分を納得させられる都合がいい理由を、求めている。
だったら――消さなければならない。
こいつの意識から、俺という存在を消去する必要がある。
俺さえいなければ、霜月はいつもの日常に戻れるのだ。
竜崎にとっては、病弱で一人でいることが好きな幼馴染として、あまり干渉されることのない時間を過ごせる。
うん、そうだ。
竜崎の中で膨らんだ俺という存在感を、消せばいいんだ。
それなら、得意である。
モブキャラである唯一のメリットは、存在感が薄いことなのだから……簡単なことだった――
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