第七話 押しつけがましい善意は主人公の特権
朝から溶けかけていた脳が、みるみる再生していくような。
心がとても荒んでいたが、霜月が話しかけてくれたおかげでとても穏やかな気持ちになれた。
そうだ……そういえば昨日、俺はこの子と友達になったんだ。
忘れていたわけではないけれど……梓たちのことを考えていたせいで、頭から抜け落ちていた。
悪いことを考えている時、大抵ポジティブなことを思いつくことはできなくなる。さっきまでそんな状態に陥っていたのかもしれない。
「ひ、人見知りじゃないわっ。それだと私がまるで内弁慶みたいじゃない……た、確かに、家族といるときは緊張しないわ。中山君と二人きりの時も平気だけれど……やっぱり、他人に見られるのは慣れないものっ」
反論したかったのか、霜月が耳元でこしょこしょと話している。一生懸命なところ悪いけど、どんなに言い訳されてもやっぱり人見知りにしか見えなかった。
内弁慶みたい、というか……たぶん、内弁慶なんだと思う。
それに、昨日聞いたところによると、彼女はどうも感覚が鋭いようだ。耳がいい、だっけ? それも影響して、他人の気配というのがとても気になっているのかもしれないなぁ。
と、そんなことを考えている時だった。
ようやく、校舎の外でイチャイチャしていた竜崎御一行が教室に到着したようだ。
「さ、さっきから胸が当たってるんだがっ?」
「当たってるんじゃないよ? 当ててるんだよ~」
「まぁ、梓さんくらいの貧乳なんて当たっていないようなものですけどね? わたくしの方が、大きいですしっ」
「胸は大きさじゃなくない? 形も大事だし~♪」
いったい何を話しているのだろうか……一気に黄色い声が広がって、教室中のみんなが竜崎達を見る。しかし彼女たちは周囲に気付くことなく、ずっとイチャイチャしていた。
「ねぇ、龍馬おにーちゃん? 誰が一番いいか、教えてっ?」
「だ、誰って……そんなの、決められな――」
と、その時だった。
竜崎の視線が、こっちに向いた。たぶん、あいつは霜月を探していたのだと思う。いつも彼が目で追いかけるのは、霜月なのだ。
そして竜崎は、見たのだ。
俺の耳元に顔を近づける、幼馴染の霜月しほの姿を。
「っ!?」
まだ梓たちとの会話が終わっていないというのに、あいつはすぐにこっちに歩み寄ってきた。
その目は強く、俺を睨んでいる。敵意をむき出しにされて、こっちが困惑するくらいの露骨な態度だった。
「お、おい、しほ? 何かあったのか? 普段は寝てばっかりのお前が起きてるなんて珍しいな。何かあるなら、俺が手伝うよ」
焦ったような、怒っているような、慌てているような。
そんな態度で話しかけてきた竜崎に対して、霜月は……一瞬で、表情から色を消した。
やっぱり彼女は、竜崎のことがものすごく苦手らしい。
話しかけられただけで、さっきまで見せてくれていた愛らしい顔が、一気に冷たくなったのだ。
「…………べつに」
そして一言だけを発して、そっぽを向く。
俺がいつも見ていた、無口で氷みたいな霜月に戻っていた。
だが、鈍感な竜崎は霜月の気持ちなんて理解できない。
いつもの独りよがりな態度で、一方的な善意を押し付けようとしている。
「な、何かないわけないだろ? しほが知らない人に話しかけるなんて珍しいじゃないか……ほら、困ったときは知ってる人に頼った方がいいだろ? 遠慮するなって」
馴れ馴れしく霜月の肩に触れようとする竜崎。
だが、彼女は拒絶するように、身を一歩引いた。
それはまるで、俺の後ろに隠れるかのようだった。
そうすれば自然と、俺が竜崎と顔を合わせることになるわけで。
「えっと……? ごめんな? 幼馴染のしほが迷惑をかけたみたいで」
そこで竜崎は、俺のことを首を傾げながら見ていた。
「ご、ごめん……人の名前を覚えるのが苦手なんだ。えっと、できれば名前を教えてくれないか?」
その顔はまるで『こんな奴、クラスにいたか?』と言いたげな顔で。
そんな態度に、心の中が黒く濁っていくような……そんな錯覚が、俺を襲った――
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