第六話 おしゃべりしほちゃんは人見知りが激しい
朝起きて、隣に義妹の梓がいないことを確認する。
それが俺の日課になっていた。中学生までは、よく寝ている時に布団に忍び込んできたけれど、彼女の温かみを感じなくなってからずいぶん経った気がする。
「……今日もお泊りか」
隣の部屋を見てもいなかったので、たぶん竜崎の家に泊まっているのだろう。そういえば霜月家は竜崎家のご近所さんだっけ? もしかしたら昨日、俺が霜月を送った時、彼女たちの近くを通ったのだろうか。
まぁ、だからなんだという話なのだが。
「…………」
無言で朝の準備を行う。朝食は最近食べていない。自分で用意するのがめんどくさいからだ。
こういう時、親のありがたみを実感する。両親は海外に出張中なのでいないけど、久しぶりに会いたくなった。
もしかしたら俺は、人のぬくもりに飢えているのかもしれないなぁ。
以前までなら、仲良くしてくれる子がいた。義妹の梓、幼馴染の結月、親友のキラリ……関係は良好だと思っていたのだが、どうやらそれは俺だけだったらしい。
彼女たちに好きな人ができて、俺の生活はガラッと変わった。
恋に恋するお年頃だ。夢中になるのも無理はないけれど、よりにもよってその相手がハーレム主人公気質の竜崎龍馬というのが、少し引っかかる。
まぁ、これは嫉妬……ですらない、ただの恨み言だ。
妬むことすらできないモブキャラの悲しい僻みに近い怨みでもある。
「はぁ……学校、行くか」
一人でぼんやりしていても仕方ない。
少し早いけど、家を出る。バスに乗って、学校に向かう。
ただ、今日は運が悪かった。
ちょうど学校に到着した時に、竜崎がハーレムメンバーとイチャイチャしているところに遭遇してしまったのである。
校門から校舎に向かう途中のことだ。
他人に見られているというのに、彼女たちはおかまいなしにイチャイチャする。
それを見せつけられるこっちの身にもなってほしい。
「龍馬おにーちゃんの右手ゲット~」
「あ、ずるいですっ。じゃあわたくしが左手ですよ!」
「え~? アタシはどこにしよっかな~? じゃあ、背中だー!」
「ちょっ、重いって! 歩けないだろ!!」
……見ているだけで脳が溶けそうだった。
あんなことを俺もされてみたかったけど……その夢はかなわない。思い返してみると、彼女たちは俺に対してはあまり積極的じゃなかった。たぶん、惰性でつるんでいただけで、大して特別な存在にはなれなかったのだと思う。
このまま見ていると脳みそがぐちゃぐちゃになりそうだったので、早足で歩いて彼女たちを追い越した。
その際、かなり接近したけど、やっぱり三人とも俺に気付くことはなく……それがとても寂しかった。
やっぱり俺は、彼女たちにとってモブキャラになってしまったのだろう。
その他大勢の一人であり、背景の一部であり、いてもいなくてもどうでもいい存在なのだ。
そう自覚すると、虚しさがこみあげてくる。
俺なんて生きていても何を生み出せないただのゴミだ……と、ネガティブになりかけた、ちょうどその時である。
教室に到着して、席に座る。
その時を待っていたと言わんばかりに、一人の女子生徒がこっちに歩み寄ってきた。
「…………っ! っ!」
透明な白銀の髪の毛がたなびく。その軌跡を粒子が舞い散り、ゆるやかな線を描くような……そんな錯覚を覚えるほどに、彼女は綺麗だった。
「お、おはっ……おはっ!」
ただ、少し言動が挙動不審な気がする。
昨日はあんなに饒舌だったのに、今日はあまり舌が回っていないみたいだ。
「お、おはよう……どうした?」
とてとて、と愛らしい足音を残しながら寄ってきた霜月に、声をかける。
彼女は周囲をきょろきょろと見渡しながら、俺の耳元に顔を寄せてきた。
綺麗な顔がアップになって、思わず後退しそうになる。
椅子に座っているのでのけぞるくらいしかできなかったが、そんなの関係ないと言わんばかりに霜月が近づいてきた。
それから彼女は、ひそひそと小さな声でこんなことを言う。
「た、他人が見ている前だと、緊張してうまく話せないわ……べ、別に人見知りというわけではないの。ちょっと警戒心が強いだけよ? 私の前世はきっとナワバリ意識が強い動物に違いないわっ」
湿った吐息が、耳にかかる。
くすぐったいし、発言も面白かったので、思わず笑ってしまった。
「そうか。霜月って、人見知りなのか」
なるほど。だから大きな声で話せないし、挙動不審になっているのか。
まぁ、彼女はそれを絶対に認めようとしない。よっぽど人見知りと思われたくないのか、首をブンブンと振っていた。
「ち、ちがうにょっ!」
だけど言葉が上手く発音できなかったので、説得力はなかった。
おしゃべりしほちゃんは、どうやら人見知りが激しいようである――
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