勇者の残骸④ 今度は絶対に……
思わぬ形での父との別れ。
ジルは改めて自分の身体の弱さを呪った。
ひ弱なジルに、あの状況を覆す力はなく、バイオレットと名乗る女性に、あの後特に、父との別れの時間を惜しむ間もなく、無理矢理、馬車に乗せられた。
(……本当に……これで良かったんだよね……)
馬車は動き出す。
ジルは、加速するにつれて段々と小さくなる父の姿を、ただただ見て、今からでも父の元に引き返しても良いのではないかと思ったが、
(ううん。我慢……しないと。私が元気にならないと、お父さんに迷惑がかかっちゃう)
結局、あの父の困惑に染まり切った表情が頭にチラついて、グッと堪えた。
☆★☆
父の姿などとっくに見えなくなり、気候が荒れだしてきた。
ざぁざぁという大雨が降りだし、終いには濃霧が立ち込めて、何も見えない。
だが、車内は恐ろしいぐらい静かだった。
それもそのはず。
ジルは目と口をギュッと瞑ったまま、ダンマリを決め込んでいたから。
だが、そんな状況にもそろそろ飽きだしてきたのか。
ジルの向かい側の席で、足を組み、顎で肘をついて、悪だくみでもしてそうな顔で、彼女をずっと見つめていたバイオレットが、イライラした口調で、
「ねぇ。そろそろ私とお喋りしましょうよ」
「……」
「恥ずかしがり屋さんなの?」
「……」
「あー分かった! 雨が怖いのね。分かるわ。私もそんな時があったから」
「……」
「んもぉ! しょうがない子ね。私が良い子良い子してあげましょうか?」
そう言うと、身を乗り出して、ジルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、咄嗟にジルは、
「触らないでッ!」
パシン、と反射的に手で振り払った。
「あら……。もしかして私、嫌われちゃった?」
「嫌い!」
「どこが嫌いなの?」
バイオレットは、スッと席を立ちあがって、さり気無くジルの横側の席に移動した。
そして、「そうはさせない」とジルの必死の抵抗にあいながらも、彼女の小さな身体を自分に抱き寄せて、その上で頭を強引に撫でた。
どんなに暴れた所で、長年病に侵されてきたジルの力は赤ん坊並みに弱いのだ。
「止めてッ! 嫌っ!」
それでも、ジタバタするジルに、バイオレットはスゥッと息を飲み込んで、一言、空気が一瞬で凍てつくような口調で、
「黙りなさい」
「――っ」
その雰囲気に呑まれたジル。
思わず、抵抗するのを忘れた。
そして、チラリとバイオレットの顔を一瞥した。
が、その顔を見た瞬間、ジルはぞくぞくっ、と背筋に悪寒が走るのが分かった。
――バイオレットは泣き笑っていた。
まるでこの時をズ――っと待ち続けていたと言わんばかりに、恋する乙女のように。
そして両者の視線が交錯した瞬間、ジルは金縛りにでもあったかのように、身体が硬直した。
そんなジルだが、バイオレットはお構いなしに、ジルの頭を愛でるように、撫で出し、そして彼女に言い聞かせるように、
「絶対に今度は」
そこで間をしばらく置き、
「逃さない」
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