勇者の残骸②


エドモンドは年がら年中寒い気候であるが、その日は特に寒い日だった。


長時間の馬車での移動はジルの身体にはきついものがあり――。


安静にしていなければならないのに、身体を無理に動かしたおかげで、咳はひどくなり始め、熱も出始めて、ぐったりと父の膝上で毛布にくるまって横たわっていた。


意識がはっきりとしない中、頭を撫でてくれた父の暖かい手の感触だけが、この苦しみを和らげてくれた。


「お父さん……」


「喋らなくていい。まだ着くまでに時間がかかるから休んでなさい。」


「うん……」


毛布を掛け直して、ジルが少しでも休めるように、優しい言葉を掛けてくれた父の言葉を聞いて、ジルも目を瞑って、じっと耐え――そして意識を手放した。



☆★☆


次にジルが意識を取り戻したとき、自分が馬車ではなく柔らかいソファの上で寝かされて、暖かい部屋にいた。


――真っ先に父と聞きなれない女性が会話するのが耳に入り、


起きたことを父に知らせようと、身体を起こそうとしたが、父の切羽詰まった声に遮られ、身体が委縮し、寝たふりをして話の続きを聞くことにした。


「これだけの代償を払ったんです! 本当に娘は治るんですよね!?」


「約束は勿論守りたいわ。でも、私も話を聞いただけ。まだ治せるなんて、断定できるわけないじゃない。それに――魔法でもあるまいし、急によくなったりするはずない。じっくりと、ジルは私が連れて帰ってハーマンで治療させていただくつもり」


父は対照的に、余裕がある女性。だが、ソレがさらに父に火をつけた。


「それじゃあ話が全く違うじゃないですか。我々は国外に出ることは出来ないんですよ!? もし、外に出て……王にそれが知られてしまえば、私は憲兵にどんな仕打ちを受けることか…」


国外に許可なく行く事は法で禁じられているのだ。

破れば、重い罰則が課せらる。


おいそれ、と要求を呑むわけにはいかない。


「何それ? 二度とココに戻ってこなければいいだけじゃない。それに……貴方はジルを助けたくて、私に連絡を取ったのでしょう? 今更、何をびくついているの? ジルを助けたいの? 助けたくないの? どっち」


「………私を脅すつもりか」


「まさか。ただ私の手を取らなければ、ジルは死ぬでしょうね」



そこで父は押し黙り、沈黙が訪れた。


――話の全貌は途中からしか聞いてなかったジルにはすべては分からなかった。


だが、それでも父が自分の為に下げたくない頭を下げてくれているのは分かり、それ以上聞いてられなかったジルは、ソファから飛び起きて、


「お父さん! 私大丈夫だから! だから、そんな危ないことしないで!」


「……」



だが、その時すでに父の腹は決まっていた。





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