第77話 フェリシアには希望が必要。
今回もレオン目線のお話です。
首都に接する地方を治めるルーゴ伯爵家と我がサグント侯爵家は重臣同志……ということもあり、俺が生まれる前からルーゴとは家族ぐるみでの付き合いが成されていた。
俺も両親に連れられてはエレーラを訪れルーゴの子供と朝から晩まで遊びまわるという幸せな幼少時代を過ごした。
その遊び相手の異父妹がフェリシアだ。
まだ子供だった俺にとってフェリシアは可愛い妹だった。当主の娘でありながら人目を気にしながら庭園の納屋で暮らす……そんなフェリシアは、贅沢な暮らしを送っていた俺にとっては研究の対象であり保護すべき存在だったのだ。
寄宿学校に入っても関係は変わらなかった。
相変わらず『冷遇されている物珍しい娘』。
それだけだったのだ。
フェリシアの生い立ちを知るまでは。
俺の中でフェリシアが『ルーゴの娘でありヨレンテの継承権を持つ娘。そして婚約者候補』に変わったのは十五の時だ。
最低限の教育しか受けていないフェリシアはとても美しい娘に成長していた。
艶やかな黒髪も独特な碧眼もヨレンテの特徴を強く引き継いだ容姿はどこにいても目を引く。
外見は問題ない。
だが。
(サグント家の妻になるのならばもう少し教養と知性が必要だ)
フェリシアには致命的な欠陥があった。
異様に自己肯定感が低いのだ。
「レオン様? 本を読んでるの?」
フェリシアが俺の手元を覗く。
「そうだよ。古語の本だ。有名な作家の戯曲なんだよ。喜劇だからとても面白くてね。フェリシアも読んでみる?」
「古語……。私はいいわ」と慌てて首を振り、フェリシアは居心地が悪そうに俯いた。
「私、お勉強苦手なの。どうせ分からないから」
「フェリシア。決めつけは良くないよ。今はわからないかもだけど、学べばわかるようになる。僕が教えてあげるよ?」
「ううん。いい。どうせ覚えられないから」
フェリシアは眉を下げ、
「カロリーナお姉様は私のことを馬鹿だというし、私も勉学は向いてないんじゃないかって思ってる」
「フェリシア、そんなことない。きみは……」
「レオン様、無駄だってわかってるんです。私、お勉強は苦手ですから。最低限でいいんです」
どうせ学んでも農場で過ごす私には何の役にも立たないからとフェリシアは頑なに断った。
「どうしてきみは……」
複雑な出生を背負った私生児で生まれてからずっと庭園に隔離されて育てられてきた事を思えば、致し方のないことかもしれないが……。
(俺の妻となるにはこのままじゃだめだ)
最悪ヨレンテの血統であれさえすればいいのだが、サグント侯爵家の妻となると考えれば、知識や教養は必須だ。
愛欲を満たすだけの存在ではダメなのだ。
幸いなことにルーゴ伯爵は俺がフェリシアと接することは禁じなかった。俺は貴族としての教養をフェリシアに身につけさせるためにありとあらゆる手法で働きかけた。
だがフェリシアはその全てを断った。
何度持ちかけても頑なに拒み、最後まで提案を受け入れることはなかった。
「フェリシア。きみは将来、貴族に嫁ぐことになるかもしれないよ。そうなったら困るだろう?」
その貴族はただの貴族ではなく
「そんなことはあり得ないわ。私のような者を欲しがる男性なんていないでしょう。私がこの庭園で生きていくためには必要なものは、家事の腕とほんの少し読み書きよ。それだけできればいいの」
古語の読み書きができなくとも閉ざされた庭園でささやかに生きていくには十分だ、ということだろうか。
(フェリシアには新しい知識への探究心ってものが全くないのか)
人は学び続けるものだとどこかの哲学者が言っていたが。
フェリシアはそんな意識を欠片も保持していなかった。
環境から来るものか、持って生まれたものなのか。おそらくは両方だろう。
大望のためとはいえ、向上心のない女を妻にして何に喜びを見つければいいのだろうか。
フェリシアとは政略結婚だ。
足りないものは他で補完すればいい。とはいうものの、フェリシアの苦しみを思えば安易に愛人を囲うことは気が引ける。
婚約を申し込み1ヶ月。
密かな葛藤に悩まされていた頃に、フェリシアが落馬したとの報せが入った。
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