第74話 好きと言ってほしい。

「レオン、あなたどうかしちゃったの? 正気とは思えない」



 いつか起こるかもしれない(起こらないかもしれない)危機のために、今から策を回らす?

 酔狂がすぎる。



(転地療養が必要なレベルじゃない?)



 備えは大事だとはいうけれど、ちょっと突飛すぎやしないか。

 何十年、何百年後がどのような世界になっているかなど、誰もわからないと言うのに。



(でも、何が起こってもきっと“カディス”は残るわ)



 実際にこの五百年で何度も王朝が変わっても残ってきたではないか。



「言われなくてもわかってるよ。構えすぎだってね。でもね、フィリィ」



 レオンは優しく私の手に指を絡ませる。



「この大陸でカディスの置かれた立場というものはとても危ういんだ。これまで戦乱に巻き込まれていないのはただ幸運だっただけだよ」



 ここ数十年で産業技術が飛躍的に進歩し諸国の勢力バランスが崩れた昨今。

 新興国が新しい産業で勢力を増し、大国が伸び悩む……そんな情勢に乗じて、蔑まれていた国々がこれまで望むことすら許されなかった領土拡大の夢を叶えつつあった。


 その最中さなかにあってカディスはあえて存在感を消すことで何とか生き延びているのだ。



「でもレオン。幸運も実力のうちというでしょう? カディスは祝福された国なのよ」

「祝福か……厄介な伝承だよね」



 そんな不確かなものに頼るわけにはいかないんだとレオンは苦笑する。



「おかげで政府は慢心してしまっている。気づけば兵力は近隣諸国以下だ。いつ併合されてもおかしくない。僕はね、カディスの現王朝がどうなろうと構わない。けどね、大切なものが失われるのは避けたいんだよ」


「……そのために備えてるの?」


「うん。そのためだよ。僕にとっては何より優先される。カディスが滅んでもサグントが生き残るための術は作っておかねばならないんだ」



 レオンは熱く語る。



(でも、国が滅んでも領は残るわ)



 例え国が滅亡したとしても、土地と民は生き残る。レオンが手を打たなくても残るのだ。

 サグントは滅びてしまうかもしれないが。

 民が生きていけるのならばそれでいいではないか。



カディスが無くなって他国に支配されても、サグント家だけは生き残るの? そんなのひどい。他の地域はどうなるの?」


「さぁね。領主がいるんだ。彼らが何とかするさ」



 レオンは関心がないらしい。

 ひどく冷めた表情だ。



「ね。そんな勝手は陛下がきっと許さないわ」


「陛下は老獪だからね。現段階では無理だろうね。次世代はわからないけれど。……フィリィ、僕はすぐにどうこうするとは言っていないよ。きみ、色々考えているようだけどマンティーノスのことに集中するべきじゃないか?」


「だって、レオンが不穏なこと言うから……」



 言いたくもなるじゃないか。

 婚約者が訳のわからないことを口走っているのかと思うと不安にもなる。


 レオンは本当に申し訳なさそうに両肩を上げ、「ごめんね。でもきみが知りたがっていたからね。包み隠さず話したんだよ」とヘーゼルの瞳を曇らせた。



「レオンのその……計画、知っている人いるの?」


「信頼のおける部下達と親友が何人か、かな。あと僕の両親。それとフェリシア、きみだ」



 どうやら信用してもらっているようだ。


 でも何だかモヤモヤする。

 下腹の奥から怒りのような悲しみのような……全てが混ざり合ったドロドロとした感情が湧き上がってくる。



「フェリシア・ルーゴはレオンに信頼してもらっているようで良かったわ。だってマンティーノスを支配下に治めるために娶る花嫁ですものね」


「は? フィリィ、そんな言い方は良くないよ?」


「そうでしょ? 間違っていないわ。だって政略結婚なんだもの。あなたは私がルーゴの私生児なのにヨレンテの相続人であるってわかったから婚約したのよ。来るべき未来の為に、マンティーノスを良いようにするために!」



(ちょっと? 私、何言ってるの??)


 口走りながらも突っ込んでしまう。


 これはダメだ。やってはいけないことだ。

 わかっている。

 なのに感情的になってしまう。



(レオンは何も間違っていないわ)



 貴族のそれも高位貴族ともなれば、条件の揃った(と言うよりも条件しかない)結婚は当然だ。


 それなのに納得がいかないと駄々をこねているのは私なのだ。

 私がいいと言ってもらいたい。

 それだけなのだ。



(幼稚だってわかってる……。でも)



 どうやって心の安寧を見つければいいのかわからない。

 エリアナもフェリシアも一人の女性として必要とされたことなどなかったのだから。


 取り決めによって成された関係であるのに、それ以上を期待してしまった自分が悪い。



「ごめんなさい。取り乱しちゃった。頭では理解してると思ってたんだけど……」



 レオンは小さく首を振る。



「いや。僕も悪かったんだよね。政略からの縁だったけれど、きみのことを女性として気に入ってしまったのにはっきりしなかったからね」


「え?」


「きみが好きなんだ。特別なんだよ、フェリシア」

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