第73話 遠い未来のために。
カミッラ様のおっしゃったとおり、王宮の離宮庭園は
初夏の日差しの下で赤い花弁が咲き乱れ、この世のものとは思えない程に美しい。
(ブカンビジャがこんなに。さすが王宮だわ)
ブカンビジャは近年輸入され始めた園芸品種でとても高価だ。マンティーノスのあのお父様の温室にもまだ植えられていない。
「すごいね。大伯母様が自慢するだけある」
レオンも感嘆の声を上げる。
私とレオン、二人だけでそぞろ歩いていると恋人同士でデートしているかのようだ。
心がむず痒い。
「ほんとに。ブカンビジャって綺麗なお花ね。でも不思議。香りはないのね」
「確かにないね。可憐な香りがしそうなものだけど、花弁だけなんだね。マンティーノスの温室は花の香りがしててあれもなかなか良かったけど、こっちも悪くない」
こんな風に取り止めもないことを話す心地よさに、この庭園に来た意義を忘れてしまいそうになる。
(気をしっかり持たないと)
私は今にも鼻歌を歌い出しそうなレオンを見上げ切り出した。
「ね、レオン。裁判所に行かなくてもいいの?」
「うん。言ったろ? 僕の部下は優秀なんだ。僕がやることは最後にサインを書くだけさ」
「そう……」
「こっちで話そうか、フィリィ」
レオンが私を生垣で囲まれたパティオに誘う。
二人がけのベンチに並んで座るとレオンは真剣な眼差しを向けた。
「まどろっこしいことは面倒だからさ、今言ってくれないかな。きみが何を考えて何に悩んでいるか」
やはり察していたのか。
わかっていたけれど、口に出すのも気が進まない。
「フィリィ?」
「あのね、レオン。あなたには目的があって私に近づいたっていうことは知っているわ。仕方のないことだということもわかってる。ただ教えて欲しいの。これからマンティーノスをどうするつもり?」
そもそもレオンがお祖父様の私生児であるフェリシアを婚約者に選んだのは王家の密命のためだ。
だがその勅命も達せられ、お家騒動も終結しつつある。
(その後は?)
裁判でお父様が負けて私がヨレンテの後継人だと認められた後、どうするつもりなのだろう。
王太后様の口ぶりではマンティーノスと私を利用することは明らかだった。
(むしろこれからがレオンにとって本番なんじゃないの?)
腹の中に隠された真の目的のための……。
「レオン。私と結婚した後は……ヨレンテを、マンティーノスを、あなたの野心の糧にするの?」
「僕の野心、ねぇ……」
深くベンチにもたれレオンは目を閉じるとこめかみをもんだ。
「間違ってはいないね。僕には思うことがあってね。そのためにはマンティーノスが必要だ。ただね、僕の望みは一朝一夕でどうにかなるものでもないんだよね」
望み?
「レオン、何を?」
レオンは私の耳に顔を寄せ低く冷たい声で囁いた。
「いずれサグント侯爵家はカディスから独立するつもりだよ」
「は?? そんな……何て事を……!」
一貴族が所属する国から独立するなどと……。
(あり得ない!)
私の婚約者はおかしいのか?
いや、狂ってる。
こんな事は常人は考えもしない。
「レオン、どうかしてるわ!」
「わかってるさ。俺は尋常じゃない。こんな無謀なことを考える貴族なんていないだろうね」
貴族としての地位はカディスという国があってこそだ。
好き好んで現在の特権を手放す貴族などいない。
それに独立など、国家への反逆だ。
王家の外戚、そして貴族の筆頭。サグント家が裏切るなど……。
「逆賊になるつもりなの?? あなただけでなく一族郎党、皆が滅ぼされてしまうわ」
当然、姻戚関係を結んだヨレンテ、ルーゴまでも火の粉をかぶることになる。
冗談じゃない。
「フィリィ、お願いだ。もう少し声小さく」
他人に聞かれちゃまずいから、とレオンは私の手をとりベンチから立ち上がると庭園の奥へ進む。
「当然、今すぐというわけじゃない。近い未来……も無理だろうね。数十年後、数百年後になるかもしれない。時間、人材、資金、全部が揃った頃に、実行できるように僕はその布石を打つ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます