第33話 戻ってきた。復讐の舞台に。

 王家の舞踏会が終わって数日後、私は一通の招待状を受け取った。

 宛名を見てほくそ笑む。



『ウェステ伯爵代理 マリオ・オヴィリオ』



 お父様からだった。


 忌々しい私を行事に招待する気はなかったが、出さずにはいられなかったようだ。

 レオンの力なのか、それとも王太后様の影響なのか。それとも……。



(おそらく両方ね)



 私は慎重に招待状の封を切る。



『ウェステ伯爵領マンティーノスの屋敷でハウスパーティを開催いたします。アンドーラ子爵様とともにぜひ楽しんでいただきたい』


 とやや癖のある字で記してあった。



(ハウスパーティね。好都合だわ)



 社交シーズン中は王都の宮殿やタウンハウスで行われる晩餐会や舞踏会が一般的だ。


 だが貴族によっては趣向を凝らして自領の屋敷で行う事もある。それがハウスパーティだ。


 わざわざ王都から貴族を招待し、数日間、屋敷に泊まらせる。

 その間、田舎ならではの空気や景色、そして出し物を客に楽しんでもらうのだ。


 都会から呼び寄せた客を退屈させないようにかなり気を使うために、膨大な費用がかかるのだが、パーティを行えば一気に社交界での評判が上がり話題を独占することができる。


 ただ、貴族の領地はカディス各地に存在する。王都からの移動に時間がかかる場所もある。

 距離がある場合は招待しても来てもらえないことも多々起こるのだ。


 パーティを開いても来訪客が格が低ければ意味がない。

 格の高い招待客がどれだけ集まるか集まらないかで、パーティの成否が決まるのだが……。



(マンティーノスは王都から10日はかかる。往復で20日、1週間は泊まるでしょうから丸1ヶ月か……)



 社交シーズン真っ最中に王都から離れざるをえないことになる。

 一般の招待客なら二の足を踏むところだ。


 けれど。

 私にとっては好都合。


 1ヶ月もマンティーノスで過ごすことができるのだ。

 しかも合法的に。


 フェリシアは唯一の爵位継承権を持っているが、表向きはヨレンテとは全く関係がないということになっている。

 内情を探るいい機会だ。



「マンティーノス……。ウェステ伯爵家の御領地はとても遠いですし、今からでもお断りはできませんか?」



 ビカリオ夫人は揺れる馬車の中で恨めしそうにぼやいた。



「せっかくの社交界デビューの年なのに、ひと月も社交界に顔を出せなくなるではありませんか。鮮烈なデビューを飾ったというのに勿体無いことです」



 社交界シーズンは始まったばかりだ。

 王家主催の舞踏会を皮切りに毎日大小様々なパーティが開かれている。

 デビュタントは色々な場に顔を出し名を売るのが仕事である。

 1ヶ月も王都から離れていては、社交界で人脈も地位も築くことができない。


 ビカリオ夫人は私の将来を考えて、すでにマンティーノスに向かっているにも関わらず言わずにいられなかったようだ。



「ビカリオ夫人。あと少しでマンティーノスに着くというのに、まだそんなこと言ってるの? いい加減諦めて。それともビカリオ夫人が他の貴族のパーティに同行できないのが辛かったかしら」


「そうではありません。社交界なんて、私はどうでもいいのですよ。ただお嬢様の事が心配なのです。社交界で基盤ができないままに、こんな田舎に1ヶ月も引きこもっていては……」


「夫人。私は別に社交界の集まりに行かなくてもいいんじゃないかと思ってるの。私、十分持っているでしょう? 王太后様とサグント家の加護があるのよ。社交界でそれに勝るものってある?」



 ビカリオ夫人は小さく首を振り、



「左様でございますね。お嬢様が正しいです。……せめて食事だけでも美味しければいいんですが」


「穀倉地帯にある領ですもの。食べ物の鮮度もいいし、きっと抜群に美味しいはずよ」



 料理長が変わっていなければ、味は保証できる。

 私好みの味つけをする料理人だ。食事が楽しみだ。





 しばらくして馬車が止まる。



「到着いたしました」という御者の声とともに、馬車の扉が開けられた。


 玄関前に見覚えのある顔が並ぶ。


 お父様と、継母、ルアーナ。そしてホアキン。

 皆、緊張した面持ちでこちらを凝視している。


 お父様が歩み寄り、頭を下げた。

 私は鷹揚に声をかける。



「お久しぶりですね」


「お待ちしておりました。セラノ様」とお父様は手を差し出した。


「オヴィリオさん、ありがとう」



 私は礼を言うとお父様の手を取り馬車から降りた。ビカリオ夫人も続く。



(あぁ……)



 そこには変わらない景色があった。


 オークの巨木の枝が作る心地よい影、木々のざわめきに小鳥の囀り。

 遠くからは羊を追う犬の鳴き声が聞こえる。


 目の前に佇む館も記憶と全く変わるところがなかった(まだ4ヶ月も経ってないのだから当たり前かもしれないが)。


 数世紀前に作られた重厚な造りの壁にはもうすぐ迎える盛夏に向け葉を青々と茂らせた蔦がつたう。

 左右対称の四連窓までもが私の帰りを待っているかのようだった。


 見える景色、聞こえる音。

 全てが懐かしい我が領。

 胸が熱くなる。



「お嬢様? どうなさられましたか?」


 

 ビカリオ夫人が涙ぐむ私の肩をさすった。



「大丈夫よ。あまりに素敵なところだから感動してたの」

「そうですか……??」



(帰ってきた。やっと、戻ってこれた!)



 私の故郷、復讐の舞台に。

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