第34話 可愛いと無礼は別。
私はお父様に顔を向ける。
「オヴィリオさん、お招きいただきありがとう。この風景を眺めることが出来ただけでも、来てよかったと思いますよ」
「左様でございますか。お嬢様にそう言っていただけるのならば喜ばしい限りです。ただ王都と違い我が領にあるのは自然だけ。都会育ちのお嬢様が退屈なさらなければ良いのですが」
何もない?
失礼な事を言っている。
マンティーノスは全てが揃った最高の領地じゃないか。
「お気になさらないでください。退屈なんてしないでしょう。エレーラにはこんなに美しい森も農耕地もありません。ここで見るもの全てが珍しいのです。……オヴィリオさん、このまま敷地を散歩しても構わないかしら?」
「ええ。お嬢様がお望みならばご自由になさっていただいて構いません。ところで今日はアンドーラ子爵様はご一緒ではないのですか?」
レオンの存在の是非でこのイベントの成功か否かがかかってくる。
何せレオンは社交界で強い影響力を持つ貴族なのだ。
「彼は政務が残っているらしくて少し遅れて来るそうです。それまでは私一人ですが、よろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
敷地は広いので迷ってはいけないと案内人をつけるというお父様の申し出をなんとか断って――どうせ私の監視させるためにつけるのだ。面倒なだけだ――、私はビカリオ夫人だけ連れて庭園へ向かった。
エレーラと違い広大な土地を有するマンティーノスである。
当然領主の住む屋敷の敷地も広い。
敷地内でありながら庭園だけでなく森や湖まで備えている。見どころは十分だ。
私はビカリオ夫人と談笑しながらそぞろ歩く。
「まぁ、庭の造りが素晴らしいですね。見事なものです」
ビカリオ夫人が足を止め感嘆の声を漏らし、「あの糸杉のなんと立派なことでしょう」と一際、大きく太い糸杉を指差した。
「ええ。本当に。カディスの他の領では見られないでしょうね」
糸杉は建材としても優れ、手頃な大きさになると伐採されてしまう。
ここまでの巨木はなかなか見られない。
(この木はウェステ伯爵家のシンボルだものね)
この領を下賜された初代が故郷から移植した糸杉なのだ。ウェス
テ伯爵家の歴史の生き証人といっていい。
(こんなこともお父様たちは知らないんでしょうけどね)
そんな人たちが主人然としているだなんて、屈辱だ。
しばらく散策した後、「ビカリオ夫人。この奥に森があるみたい。私、散策してくるからここで待っていて」と渋るビカリオ夫人を森の入り口に残し、私は一人森に踏み行った。
私の目的は別にある。
今、行かねばならない場所があるのだ。
この森の只中にあるはずだ。
(きっとそこにある)
――
お父様に良心が残っていれば、代々の当主だけが眠る場所に私は葬られているはずだ。
道すがら野に生えている花を摘み森の小道を行く。
記憶を頼りに小さな沢にかけられた木の橋を渡り、沢に沿うように整えられた小道をしばらく道なりに進んだ。
突然目の前が開け、木々が整えられた広場に出た。
(あったわ……)
夏のざわめきから切り離されたような静寂の中に、苔むした墓石が七基。
整然と並んでいる。
(歴代の当主の墓所)
ヨレンテの当主だけが眠ることを許された場所だ。
私は広場を見渡す。
墓所の隅、真新しくけれど誰にも顧みられない墓を見つけ駆け寄った。
『第7代ウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテここに眠る』
(あった。私の……お墓)
私は墓のそばにしゃがみ、そっと墓標を指でなぞった。
墓石には記されたのは名前だけ。
大抵は功績を刻むものだが、私は爵位を継いで一年で殺されてしまった。全く業績が残せていないので致し方ないとはいえ……。
寂しいものだ。
(エリアナの人生はどれだけ短かったのかしらね)
大理石のひんやりとした感覚に死に行く体の痛みを思い出す。
私は殺されたのだ。
これから人生を謳歌しようとしていた時に。
(絶対に許せないわ)
あの御方にいただいた二度目の人生、悔いなど残さずに全うしなければならない。
(お母様、私……)
「フェリシアさん、でしたよね。お姉様のお墓になんの御用ですか?」
背後から非難がましい声がし、現実に戻された。
若く、愛らしい声は……エリアナの異母妹ルアーナだ。
淡い桃色のドレスに結わずに垂らした栗毛色の髪と整った顔立ち。女性らしく愛らしい。
けれど。
鎮魂の祈りの最中だったのだ。無礼は許されないでしょう?
「……オヴィリオさんの娘さんね?」
「そうです。ウェステ伯爵の娘のルアーナ・オヴィリオ・ヨレンテです」
(ヨレンテ???)
ヨレンテの血など一滴も流れていないルアーナがヨレンテを名乗っている?
ルアーナはお父様と継母との間にできた一つ年下の妹(フェリシアと同い年なのだ!)。
当主婿の婚外子として表に出ることなく生きてきて、私のお母様が亡くなった翌年のお父様の再婚と同時にウェステ伯爵家に迎えられた。
(オヴィリオと結婚しただけで、ヨレンテの戸籍には入れていないはずだ)
お父様は資格もないのにヨレンテの名を使っているのか。
何て勝手な事を。
「ハウスパーティのお客様がなぜこんなところにいるのですか? ここは我が家の墓所ですよ。陰気臭いだけの場所なのに。つまらないでしょう?」
ルアーナの口調はその見た目と同じで自由奔放で可愛らしい……とでも例えればいいのか。
悪意もなく素直な感想といった感じだ。
エリアナの時は特になんとも思わなかったのだが、妹という偏見を無くしてみれば酷いものだ。
私は叱り倒したい思いを悟られないように笑顔を作り、墓に花を添えると立ち上がった。
「ルアーナさん。お分かりになりませんか。亡くなられた伯爵様にご挨拶を申し上げているだけです」
「お姉様と知り合いだったのですか?」
ルアーナはちらりと墓を見る。
「いいえ。直接的な関わりはありません。新聞の記事で知っただけです」
「へぇ……。フェリシアさんはお優しいお方なのですね。あのマッサーナ卿がお熱を上げるだけありますね」
「……!」
何て失礼なことを!
(うちに来たのが13歳だったとはいえ貴族としては教育がなっていないのは問題ね)
継母は没落してしまったが貴族出身ではなかったか。どれだけ仕事していないのだ。
「はぁ……。ルアーナさん。あなたは貴族としての教育を受けて来られなかったのですね。残念なことです。ですがこれ以上は看過できません」
言い返してもいいはずよ、ねぇ?
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