第29話 お父様、愛娘が戻ってきました。
少しばかり遅れて入場した国王の合図により舞踏会が開幕した。
貴族たちが一斉にホールの中ほどへ移動する。
私はレオンのエスコートを受けホールが一望できる前方の右サイドに位置取った。
軽やかな三拍子の舞踏曲が流れ、私は最初のステップ――デビュタントを迎える女子だけが踏める型なのだ――を踏む。
三拍子のダンスバリエーションに少しばかりアレンジが入るだけだが、ダンスに慣れていないという初々しい感じが醸し出る演出だ。
(エリアナのデビュタントで踊っただけだけど、練習した甲斐があったわ)
何年経っても体? 頭? が覚えてくれていたようだ。
久しぶりのダンスだが周りと比べても遜色ない。
後見人を請け負ってくださったカミッラ様とパートナーのレオンに恥をかかさずに済むだろう。
「フィリィ、驚いたよ。ダンスが上手いんだね。きみはダンスの手解きは受けていなかったんじゃなかった?」
レオンが私の腰に右手をまわしターンを支える。
「……ビカリオ夫人に基本だけは教わったのよ。貴族として生きていくなら知っておくべきかと思って」
とっさに嘘をついた。
エリアナ時代に厳しく躾けられたおかげでダンスは意識せずとも踊れてしまう。が、フェリシアは必要最低限の生活だった。ダンスどころじゃなかったはずだ。
(苦しい嘘ね……)
「へぇ。基本どころじゃない感じだけどな。ビカリオ夫人はダンスの名手なんだね。有能な乳母だ」
レオンはステップを合わせながら私の体の向きを変えた。
「ホールの中心、見える? フィリィ。あそこでヨレンテの伯爵代理の娘がいるよ」
「あぁ……。派手に踊ってる人たちね」
混み合うホールの中ほど、上級貴族たちを押し除けて自分達が主人公なのだとばかりに踊るカップルがいた。
(……ホアキンとルアーナ)
元々華やかな会場があの二人の踊る場所だけ一段と輝いているように見えた。
(完全に二人だけの世界、ね)
周りの非難がましい視線など気にもせずに出鱈目なステップでも構わず思うがままに踊り、ひたすらにお互いに見つめ合い頬を赤らめている。
(……あれを気づかないだなんて、私、どうかしてたのね)
どこから見ても愛し合う恋人達だ。
ホアキンを盲信していたとはいえ、ただの阿呆じゃないか。
「フィリィ?」
「あ、大丈夫よ。後で挨拶に行こうかなって思ってるんだけど手伝ってくれる?」
「喜んで。だけど今日はきみのデビュタントだ。しばらく僕らも楽しんだ後に、ね?」
僕の婚約者を見せびらかしたいし、とレオンは軽やかに私を引き寄せた。
ワルツが終わり、次の曲に移ろうとするころ。
ざわめくホールの片隅で踊り疲れて寛いでいる彼らの元に、私たちはそっと近づいた。
(この方法は気が進まないけど、使えるものは使わなきゃね)
カディスは長い歴史がある国である。ゆえに古来より受け継がれた因習も多く残っている。
その代表格が階級制度だ。
現在ある階級は大きくは二つ。
平民と貴族だ。
貴族は人口ではわずか1パーセントにも満たない。にも関わらず、さらに細かく
品格を保つためとかいう尤もな理由をつけ、数々の制約を課し遵守することが美徳としている階級だ。
全くもって非効率、全時代的な考えに支配されている人々というわけだ。
彼らを縛るもの、それが『礼儀作法』という名のどうしようもない仕様だ。
私はこの作法の一つ、『身分の高い者から話しかけられない限り口を開いてはならない。そして話かけられたら必ず応えねばならない』を利用してお父様達に揺さぶりをかけることにした。
お父様は隣国の伯爵家の三男だがカディスでの爵位は保持していない。
継母も継母の子ルアーナもそうだ。
対してフェリシアは未だルーゴの戸籍を手にしてはいないが、リェイダ男爵位を叙位されたので彼らよりは上の身分だ。
十分に活用できそうだ。
(私を見てどう思うかな)
亡き母と瓜二つの
どんな反応を示すのか。楽しみだ。
(さぁ、久しぶりの愛娘との対面ですよ。お父様?)
「こんばんは。ウェステ伯爵ではなかったわね。代理? だったかしら……いいえ、ヨレンテ家でもなかったわね。もう、なんと言ったらいいのかしら。……とにかく皆さん。今よろしくて?」
無礼な言いぶりに、一行が苛立ちを隠さずに振り返る。
「お……お前は……」
お父様は両目を限界まで見開いた。
するりとシャンパングラスが手から滑り落ちる。
乾いた音がしグラスが粉々に砕け散った。
「セナイ…ダ???」
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