第27話 サプライズは計画的にご利用ください。
舞踏会の当日。
開幕は夜の九時だが、「時間通りに行くとさ、混むでしょ。僕、馬車の渋滞とか耐えられないんだよね」というレオンの提案を受けて、日が高いうちにサグント侯爵家のタウンハウスを出発した。
社交シーズン最初で最大の舞踏会。
この日に賭けている貴族たちは最後の最後まで身支度に余念がない(なにせ今年の社交界での立ち位置が決まるのだ!)。
そのために開幕予定時間の直前まで準備に終われ慌てて出立した貴族たちの幾重にも連なった馬車列で例年大渋滞するのだ。
(エリアナの時も気を使ったっけ……)
わずか一年前のことだが、はるか昔のことのように思える。とても懐かしい。
(去年は
あの時はエスコート役にホアキン、同行者に父・継母・ルアーナまで引き連れて、こうして馬車で会場にむかったものだ。
晩餐会自体は伯爵としての責務と重圧、そしてマウンティング……で疲れた記憶しかないけれど、高揚感だけは鮮明に覚えている。
(今年も同じよ。フェリシアとしても上手くこなしてみせるわ)
窓から差し込む西日に私は目を細める。
「眩しい……」
だけど。
思ってたよりもずっと早い。
まだ夕方じゃないか……。
「レオン、ちょっと早すぎない?」
会場で何時間、待たねばならないのだろう。
「混むよりマシだよ」レオンにとって待機時間よりも渋滞を避けることの方が重要らしい。
「でも定刻にならないと会場の扉は開かれないでしょう? 馬車で待つの?」
「フィリィ、可愛いこと言うね」
レオンは頬杖をつき、反対の手で私の髪に触れる。
「宮殿に部屋を用意してあるから平気だよ。きみも僕も支度をしなくてはならないしね。始まるまでゆっくり寛いだらいい」
「へ…部屋?? 宮殿に??」
「こんな時のために
普通の貴族であれば宮殿に控室など用意してはもらえない。
ウェステ伯爵家でも依頼したことはあるが、受け入れてはいただけなかった(なので延々と渋滞列に並んだのだ)。
さすがに王家でもサグント侯爵家の申し出を無下にすることはできなかったらしい。が、上位貴族だとはいえ許可を得るのは簡単ではなかったはずだ。
「だって、きみのデビューは完璧にしたいからね。労は厭わないさ」
(それだけ私に期待しているということね)
だから。
この
「あ、そうだ。フィリィ。言い忘れてたけど部屋にね、プレゼント用意しておいたからね」
「プレゼント?」
「きっと驚くと思うよ」
そう西日を背に受けたレオンは神々しいほど美しい。
魅力的で私は目が離せなくなった。
今思えば。
この時、覚悟しておくべきだった、警戒しておくべきだったのに。
レオンに見蕩れて全てを許してしまうだなんて。
(自分、どうにかしてたのね)
私は更衣室から出た途端、大いに後悔した。
「どうしたの? フィリィ、ひどい顔をしてるよ」
出迎えたレオンは首を傾げて私のネックレスの位置を直す。
今日は大きなサファイアのついたネックレスと淡いアイスブルーのドレスだ。
肩が出るように大きくカットされた胸元と腰に巻かれたサッシュは今年の流行だ。
サッシュの効果でコルセットで細くした腰回りがさらに華奢に見える。
「……コルセットがね、少しキツいの。あと、ちょっと緊張してる」
「初めてだからね。大丈夫さ。きみは僕の婚約者だ。悪く言う者はいないよ。いたとしても僕が守るからね」
初めての舞踏会、そして社交界デビュー。
一大イベントに備えてサグント侯爵家の侍女が施してくれた髪型も着付けも最高の仕上がりだ。自惚れてるって言われても素直に認めるほどに綺麗だ。
それでも顔色が冴えないのには理由がある。
レオンがこうやって気を使ってくれているのはありがたいのだが……、
(でも、そこじゃないのよ。レオン……)
レオンから送られた特上サプライズ。
これをどうすればいいのだろう。
なぜ控室にカミッラ様が華やかな姿で座していらっしゃるのだろうか。
サプライズって王太后殿下のことだったのか。
確かに私との関係を明らかにする絶好の機会だ。
ただ、サプライズで済ませていい問題でもない。
(サプライズが重すぎるわ。ていうか、これサプライズにしちゃダメなやつじゃない??)
「カミッラ様。ごきげんよう」
私は気を取り戻し膝を曲げて慌ててお辞儀をする。
「お待たせいたしまして申し訳ございません」
「フェリシア、その様子だとレオンから私が来るって知らされていなかったのね?」
さすが鋭いカミッラ様だ。
カミッラ様はレオンを睨みつける。
「レオン、女性にとってデビュタントは一世一代のことなのよ。あなたもういい歳なのだし、パートナーとしてちゃんとしてあげなきゃいけないわ」
レオンはカミッラ様の言葉がピンとこないのか、
「殿下、女性はサプライズを喜ぶものでしょう?」
「はぁ……。その考え改めなさい。相手の意を汲まないサプライズなんて迷惑でしかないの。女性とのお付き合いで苦労したことのなかったこれまでの人生の弊害ね」
王太后様、正解です!
その通りだ。さすがカミッラ様だ。伊達に社交界のトップじゃない。
「……フェリシア。悪いわね。あなたのデビューなのにこんなお婆ちゃんが同伴するなんて嫌でしょうに」
「いいえ、とんでもないことでございます。王太后殿下とご一緒できるなんて幸せです」
驚きはしたし事前に知らせてほしかったとは思う。
でも、王太后殿下がいらっしゃるということは公表するということ。
良い機会だ。
(王太后殿下がいらっしゃることに悪いとか嫌とかは……)
全くない。むしろ大歓迎だ。ただレオンのやり方が気に入らないだけだ。
ちらりとレオンを見上げた。
黒いコートに白いタイ。胸元は私のドレスと同じ色のチーフが差し込まれている。
いつもは無造作な感じの髪型も今日は綺麗に上げ、文句なしにかっこいい。
「フェリシアに殿下、二人をエスコートできるだなんて幸せだよね。両手に花ってまさにこのことだ。貴族中の嫉妬を集めるかもね」
「……」
あぁそうだ。レオンは基本的には鋭い人だが、こういうところのある人だった。
いつもは何を考えているのか分からない切れ者だが、身分の高さゆえの鷹揚さと鈍感さも持ち合わせている。
「全くどうしようもないわね。もう少し出来る姪孫だと思ってたけど」
カミッラ様は苦笑いをしながら立ち上がった。
「私はこういう場から長く離れていたし、今回も出る気もなかったのだけど、レオンがどうしてもって言うから来たのよ。よっぽどあなたのことを気にかけているのでしょうね。フェリシア、その努力に報いなさいな」
「はい。力を尽くします」
レオンが私とカミッラ様を見比べ、それぞれ腕を差し出した。
「さぁ参りましょう。王太后殿下。フィリィ。目にものを見せてやりましょう」
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