第22話 ご褒美はハグ。

 カディスの社交シーズンは王家主催の舞踏会で開幕する。


 シーズン最初の舞踏会、しかも国中の貴族が全員招待されるもっとも格式の高い舞踏会であるこの催しは、例年とても盛大に行われる。

 

 合わせて王都も華やかに飾り立てられ、庶民にとってはお祭り気分の味わえる初夏の風物詩となっているのだが、富裕層や貴族にとっては、


 『今年の運勢を決定づける大戦おおいくさ


 なのだ。


 上流階級の人々にとっては権力と欲望が全て。

 如何に周囲にマウントをとり、如何に自らの地位を上げるのかが最優先事項だ。


 シーズン最初のこの舞踏会は『貴族にとっての一年の立ち位置を決める命運がかかった戦い』なのである。


 そしてそれは私も同じ。

 毎年重要な舞踏会だが今年は特別だ。


 何しろフェリシアにとっては社交界のデビューとなる年なのだから。



(貴族としての人生のスタートよ。……失敗はできないわ)



 最初の一歩がどれだけ重要かは身に染みている。

 エリシアとして生きていた分、予備知識はあるので同年代よりは多少有利に動けるだろう。



(でも油断してはダメ。細心の注意を払わなくては)



 上流階級の、特に女性はドレスにアクセサリー、化粧法に連れの男性までも厳しく評価されてしまう世界だ。

 であるので、当然、どの貴族も準備にはかなりの費用と時間をかけてくる。


 フェリシアとしてのデビュー戦ではあるが、ウェステ伯爵家を取り戻すためには、ここでけるわけにはいかない。



(勝ち抜くためにも頑張らないといけないところね)


 

 まずは見た目からだ。

 流行のドレスやアクセサリーを揃え洗練されたイメージを与えねばならない。

 一式揃えるとかなりの費用がかかってくるわけだが……。



(大丈夫。いけるわ)



 数ヶ月までの無一文だったフェリシアには望みようがなかったが、今の私には後援者がいる。



(しかも国内屈指の大貴族の、ね)



 サグント侯爵のタウンハウスに到着してすぐに案内された先――おそらくはレオンの私室――に、有名メゾンから仕入れられた山のような衣装が並べられていた。


 所狭しと広げられたサテンや絹の鮮やかなドレスは、最新の流行を抑えつつも派手すぎず上品という奇跡のようなデザインのものばかり。


 指名することすら難しい有名メゾンのデザイナードレスをこれだけの量揃えるとは……。

 さすがサグント侯爵家としか言いようがない。


 勝機はあると確信する。



(ほんとレオンね)



 持つべきものは完璧な婚約者、だ。



「フィリィ、熱心に選ぶのはいいけどさ。舞踏会はまだ先だよ」



 舞踏会用のドレスを試着している私をレオンは興味なさげに一瞥する。

 確立された地位も名誉もある貴公子は社交界などに意味を見出せないらしい。



「何言ってるの? 舞踏会は来週なのよ。ドレスの細かいところ直さないといけないし、むしろ時間が足りないくらいよ。私はレオンほど元が良くないから、努力しないといけないの」


「そんなことない。僕のフィリィは誰よりも綺麗じゃん。カディスいちの美人なんだから、ドレスなんか適当でいいよ。どんなドレスもきみの美しさには敵わない」



 ……何というか。



(リップサービスしすぎ……)


 

 仲の良さをアピールするために発したのだろうが。 

 分かっているけど赤面する。



 (使用人相手にしなくてもいいんじゃないかな)



 案の定。


 思いもよらない主人の甘い言葉に使用人たちはどよめき、しばらく落ちつくことはなかった。


 社交界の婚活女性垂涎の的であり自慢のご主人様レオンが、満を持して連れてきた婚約者というのが大層みすぼらしい女性だったというとになると、忠誠心のあついサグント侯爵家の使用人たちからは良い感情は向けられないだろうと覚悟していた。



(でもネガティブな雰囲気ではないわ。歓迎されているのかな)



 取り敢えずよかった。



「それよりさフィリィ。舞踏会より先に王太后殿下への謁見があるんだけど?」


「……え。いつ?? 聞いてないんだけど」



 レオンはうっすらと笑顔を作り、



「謁見の手配するって言ったけどな。もしかして僕の婚約者殿は忘れてた?」


「忘れるわけないじゃない。こんなに早く機会を作ってもらえるとは思ってなかっただけよ。さすがね。レオン」



 私は侍女から渡された鮮やかなラベンダー色のドレスと薄桃色のドレスを体に当てる。

 レオンは「こっちかな」とのラベンダー色のドレスを指さした。



「明後日の昼。王太后殿下は夏の離宮にいらっしゃるそうだ。きみのために時間をとってくださるそうだよ」


「ありがとう」



 表舞台から退いた王太后殿下との謁見は簡単ではないと思っていたが。

 意外とすんなり許可が下り拍子抜けだ。



「……あのね。フィリィ。簡単だと思ってない? 結構頑張ったんだよ?」



 レオンはしたり顔で両手を広げる。



「ご褒美くれてもいいんじゃない?」



(ハグしろってこと??)


 この衆目の中で??

 うーん……。



「フィリィ?」



 挑むような表情でレオンは私を呼ぶ。

 私は小さく息をつき大股で近づくとそのまま抱きついた。


 想像よりもしっかりした背中。

 なぜだか分からない。

 けれど。



(心臓がうるさい……)



 何なのこれ?


 レオンは察したのか私の背中に手を回し首筋に顔を埋め「緊張しなくてもいいのに。かわいいね。」と甘く囁いた。


「レオン??!!」


 私は急いで離れようと胸を押す。

 だが、レオンは腕は外れなかった。むしろさらに力を込めキツく抱きしめる。



「いい、フィリィ。僕の手助けはここまでだ。最初の勝負だよ。きみの力で勝ち取ってくるんだ」



 王太后との謁見。

 フェリシア=エリアナの未来がかかっている。



「……うまくやるわ」



 私は唇を噛み締めた。






 そして、その日が来た。

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