第18話 申し訳ないけど、お引き取りください。

 急いでナイフで封を削り手紙を広げる。

 とても美しいがやや癖のある懐かしい筆跡が目に飛び込んできた。



「レオン……」



 レオン直筆で間違いない。


 ひと月ぶりのレオンからの便り。

 私は三つ折りにされた手紙を丁寧に開く。

 婚約者直筆で書かれたその内容は、



 近日開かれる王家主催の舞踏会にフェリシアをパートナーとして参加することにした。

 三日後に迎えをやるので上京して欲しい。



 ――というあっさりしたものだった。



 必要最低限しかない文面には手紙には必ず添えられる様子伺いの定型文すらない。


 けれど。

 音信不通だった相手からの待ちに待った連絡に、嬉しくてたまらない。


 ただ少しばかり意外なことに、どこか落胆している自分がいること。



(私、何を期待していたの?)



 私とレオンの間には愛情はない……となっている。

『フェリシアにあるのは友情だ』とレオンも公言していた。私も面倒事を避けられると安堵していたではないか。


 二人の間柄は商売仲間。

 この手紙はただの業務連絡だ。恋人同士が交わす文ではないのだ。


 にもかかわらず、胸がたかまるのは何故だろう。

 思わず苦笑してしまう。



(知らないうちにレオンに依存していたのね)



 誰からも顧みられず虐げられた孤独の中で、気を許せる数少ない相手だったから。


 私は息をつき手紙を畳んだ。



「あら?」



 手紙の折り重なった部分、外からは見えない所に走り書きがあることに気づく。

 見慣れない文字だった。



(うーん。これ古語ね)



 古典文学でしか見られない古えの言葉だ。

 平民にはもちろん縁がない文字だが、上位貴族の男性(と意識の高いごく一部の女性)では教養として身につけることが義務付けられている。


 エリアナわたしはどうなのかと言えば、ウェステ伯爵位の後継者であるので古語の教育は受けていた。

 得意ではないが、読み書きはそれなりにできる。



(えっと……)



『フィリィ。驚かせてごめん。僕の婚約者はきみだけだ。会って説明するから。王都で待ってる』



(私が男爵令嬢とのことを耳にすることは、想定内なのね)



 分かっていながらどうして事前に知らせてくれなかったのかと恨言を言いたくもなるが、彼にも色々あったのだろう。

 とりあえず許す。



 それよりも。



 三日以内で旅の支度をしないといけない。

 そちらの方が問題だ。


 フェリシアはこれまで最低限のものしかない生活を送ってきた。貴族の世界に縁がない生活だったのだ。


 つまり舞踏会や晩餐会のドレスコードをクリアできる衣装や装飾品を持っていない、ということだ。


 この荒屋の衣装棚に仕舞われているのは普段着(それでも平民からすれば贅沢なものだが)と家庭内での晩餐用に耐えられる程度の流行遅れの服だけ。


 迎えは三日後。

 新しくあつらえるには予算も時間もない。



(王都に行くだけなら手持ちのドレスを手直しすれば、見るに耐えれる程度にはできるかもしれないわ)



 ビカリオ夫人や侍女たちを総員すれば間に合うだろう。



(すぐにでも始めないと。でも……)



 不信感いっぱいにこちらを睨むカロリーナの処理が先だ。


 上手く追い払わねばならないが……。

 相手にする時間ももったいない。

 きっと傷つけてしまうだろうが、正攻法で行ってもいいだろう。

 よしっと密かに気合を入れる。



「ところでカロリーナお姉様。お姉様も王家の舞踏会に参加するのでしょう?」


「当たり前でしょ! 貴族は全員参加と決められているわ。フェリシアは平民だから関係ないでしょうけど」


「それが私も参加することになりました。今、報せが来たのです」


「え、まさか……」



 私は頬に手を添え顔を赤らめる。

 他人から愛らしく見えるポーズだ。



「お嬢様、よろしかったですねぇ!」



 ビカリオ夫人が声をあげた。



「子爵様からのお誘いですね!」

「ええ、そうなのよ。ビカリオ夫人」



 恥じらいつつも答える。


 フェリシアは不細工ではない。お母様に瓜二つ。むしろ美人だ。

 そんな彼女が幸せそうに頬を赤らめる。

 魅力的な表情をする理由は一つしかない。


 対してカロリーナは眉を歪ませ渋い面持ちだ。



(いくら鈍くてもわかるよね?)



 もう一押しだ。

 私はさらに演技を続けた。



「お姉様、私レオン・マッサーナ様のパートナーとして参加することになりました。子爵は私でないと嫌だと仰って……。どうやら男爵令嬢よりも私を選んでくださったみたいです」



 嬉しさが隠しきれないように大袈裟に。カロリーナを憐れむように。

 カロリーナは苛立ちに足を踏み鳴らした。



「し、信じられない!! なんでレオンがあな……」

「お姉様。申し訳ないのですが」



 私は申し訳なさそうに小首を傾げ、



「お引き取りいただいてもよろしいですか?」


「フェ……フェリシア?!」


「準備をしなくちゃいけないので。婚約者には綺麗な姿を見ていただきたいし、レオンの期待に応えるのが愛されている者の責任ですもの。そうでしょう? お姉様」



 カロリーナは血走った瞳に涙を浮かべる。

 そして「このクソ女!」と捨て台詞を残して部屋を出ていった。



(少しスッキリしたかも)



 言い返すことができたのは気持ちが良かった。

 ちょっと誇張した表現もあったけど、問題ないだろう。きっと。

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