第19話 きみに会いたかった。

 三日が過ぎ、約束の日がやってきた。

 朝食を終え身支度を整えた頃合いを見計らったかのように、サグント侯爵家の馬車が私の荒屋の玄関につけられた。

 従僕に呼ばれ外に出た私は、その侯爵家の家紋が車体に記された四頭立ての馬車に圧倒されてしまう。



(豪華すぎない? 身の丈に合わないわ……)



 馬や馬車は贅沢品だ。

 それそのものも高いのだが維持するのも莫大なお金がかかるのだ。

 庶民はもちろん手にすることはできず、貴族でも経済的余裕がない家は貸馬車を利用するのが常識だ。


 それなのに馬が四頭、さらには家紋の入った最高級の車体まで……。



(王族の女性の扱いね)



 ご機嫌取りのつもりなのだろうか。



(身分に合わない待遇は居心地が悪くなることを学ぶべきだわ)



 あとでレオンに抗議しなくてはと心の内でつぶやいて、私はビカリオ夫人と侍女とで馬車に乗り込んだ。



 ルーゴ伯爵の治めるエレーラ領は王都セルベーラの南西の位置にある。

 

 エレーラから王都までは馬車で半日。

 エレーラとセルベーラ間は守備と交通の要所であるために、カディス兵が常駐しており往来の安全が保障されている。


 身の危険を考慮することなく安全な旅が楽しめるのだ。

 この大陸においては大変珍しいことだ。



(エレーラからセルベーラまでは近くて楽だわ。マンティーノスからは気軽に行ける距離ではないから、特別だったのよね。懐かしい)



 街道に植えられたポプラ並木を車窓から眺めつつ、私は子供の頃の出来事を思い出す。



(変わらないのね。この光景)



 祖父や母に連れられてセルベーラを初めて訪れたのは、確か五つかそのあたりだった。


 幼かった私は王都の華やかさに圧倒されたものだ。

 街をゆく人波は途切れることもなく、立ち並ぶ建物の軒もとても高く、そして空は狭かった。


 マンティーノスは優良な領だが、ど田舎だ。

 人も少なく民家も低い。


 田舎暮らしをしてた私には全てが珍しく、ひたすらうちとの違いに驚かされるばかりだった。


 ウェステ女伯爵となり社交界にたびたび顔を出すようになると、王都に次第に慣れていき何事にも驚かされることは稀になったけれど、人混みと王都の贅沢な生活は最後まで好きにはなれなかった。



(それでも首都は特別)



 人、富、そして権力が集まる場所。

 そして、



(私の運命が決まる)


 

 これからはもっと気を張っていかないといけない。

 選択を間違えれば滅亡しかない世界だ。

 私は必ず生き残らねばならないのだから。



「お嬢様」



 御者台に設置された車内伺い用の小窓が開き、御者が覗き込む。



「関所でございます。検問がございますので、しばらくお待ちください」



 思い出に浸っているうちに、馬車は厳重に警備された王都直近の関に差し掛かったようだ。


 ここを抜けるとセルベーラ市街に入る。

 市街の治安維持のために入市する者は全て改めるらしい。



(さすが王都ね)



 王族の安全は何よりも優先される。

 サグント侯爵家の馬車といえど例外はないようだ。

 到着が少し遅れるが致し方ないだろう。



 馬車の速度がおち、音もなく止まった。

 ほどなくして扉がノックされる。

 役人の検問だろうか。


 ビカリオ夫人が訝しがりながら少し扉を開けた。


「あらあらあら……!」と目を丸くする。


「久しぶりだね、夫人」



 聞き覚えのある声だ。



(もう、こんなところまで来なくてもいいのに……)


 と思いつつも何故か顔がにやけてしまう。


 私は慌てて取り繕い、入り口に顔を向けた。

 扉に手をかけたまま光を反射し金色に輝く淡い髪とヘーゼルの眼差しの主が、まっすぐにこちらを見つめている。



(レオン……)



 ほんの少し動悸がする。

 レオンは口元を緩め、



「僕の愛しい婚約者殿、同乗する許可が欲しいんだけどな?」

「……どうぞ。お入りになって」

「ありがとう」



 レオンはするりと馬車に乗りこみ、私の隣に腰をおろした。

 両手を伸ばし私の頬に触れ「会いたかった」と囁く。



「きみは?」

「会いたかったわよ? レオンには聞きたいことがあるから。あとで説明してね」

「……ん?? 読めたんだ??」



 レオンは声をあげて笑い「あぁ僕も聞きたいことができたよ」と私の頬に口付けた。

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