第17話 あなたと同じレベルに堕ちたくはないの。

「残念だったわね、フェリシア。レオンと婚約できて私を見返したとでも思っていたのでしょう?でもあなたは所詮は私生児。最初からレオンとは釣り合わなかったのよ。これからは身の程を弁えることね」



 カロリーナの罵倒が止まらない。

 自分の言葉にヒートアップしていく様子に、かえって冷静になることができた。



(これ絶対に何かあるわ)



 1ヶ月放置していての、この展開。

 あまりに早すぎる。



(私に一言の相談もなく新聞にリークするなんてこと普通ならば考えられない。レオンは私との婚約は商売だと言っていたし)



 商売……つまりは契約だ。

 理由も告げず一方的に反故にすることはできない。

 

 そもそもレオンはルーゴ伯爵家の厄介者の私に意味を見出していたのだ。

 目的があって私を選んだのだから、簡単には解消を選択でしないはずだ。



(レオンが何を考えているのか分からないわ)



 私はカロリーナから新聞を奪い取り、隅々まで丁寧に読んでいく。


 一面はレオンの突然の婚約発表と来週開催される王家の舞踏会の告知が大きく報じられている。


 高位貴族とはいえ臣下であるサグント侯爵家の婚約と王家の催しがほぼ同等の扱いであるのは、それほどレオンが注目される人物であるということなのだろう。



(婚活女性の垂涎の的だったものね)



 名門、富豪、容姿も抜群。そして若く、独身。

 引く手数多なレオンが選んだのが、



『リェイダ男爵の令嬢』

『年下の18歳』


 令嬢の名は新聞には記されてはいない。



(18歳の男爵令嬢か……)



 近い年であれば見知っているはずだ。

 だが、エリアナわたしの記憶にはない。



(去年の王家主催の舞踏会でも出会った記憶がないわ)



 社交シーズンの幕開けを飾る王家主催の舞踏会は貴族は全員出席することが定められている。

 会っていたら覚えているはずだ。


 それにリェイダという家名も初めて聞いた。



(私が覚えていないだけかもしれないけど)



 何かが引っかかる。



 これは調べてみる必要があるだろう。

 貴族の来歴は貴族年鑑でわかる。貴族必携本であるために大抵の貴族の屋敷には常備されている。



(後で訪ねてみなきゃね)



 母家に出入りすることは公には許されていないが、使用人に金貨の一つでも握らせればいいだけだ。



(その前に……)



 私はこめかみを押さえた。

 この異父姉カロリーナをどうにかしなくては。



「ねぇフェリシア。我が家の恥のあなたが記憶をなくしてまで生きる価値があると思ってるのかしら。落馬事故は天啓だったのかもしれないわ。あなたも役立たずはいらないって思うでしょう?」


「いいえ、思いません。お姉様。人の命の重さは生まれとは関係ありません。あの事故から生還できたのも神の思し召しですし、何を恥じることありましょうか。胸を張って生きるだけです」


「お黙り! 口ごたえするんじゃないわよ! 生意気ね!!」



 一体何なのか……。



(全部、こっちのセリフよ。好き勝手に言ってくれるわね)



 我慢も限界だ。

 言い返そうと口を開きかけるが思い直す。


 嫉妬の塊のカロリーナこんなのと同じステージに降りるのも苛立たしいではないか。


 私は腕を組みカロリーナを見据える。



「その生意気さもレオン様は気に入ってくださっているのです。他の令嬢との婚約と記事にありますが、私はレオン様との婚約を解消しておりません。真実でないものをどう信用せよと言うのですか」


「は? 新聞が嘘を書いているとでもいうの?!」


 

 カロリーナは私から新聞を取り上げ投げつけた。



「フェリシア、その自信、あなたやっぱり……レオンをかどわかしたのね。もしかしてその体で寝取ったのではなくて?」


「お、お姉様?!」



 なんて下品なんだろう。

 妬みすぎておかしくなっているのか。

 これほどまでに狂わせるなんて。レオンはどれだけの罪を作ったのか……。

 流石にこれ以上は許容できないかな。



「お控えください。見苦しいですわ」


「私に命令するの? 立場を弁えなさいよ。平民のあなたと半分でも血が繋がっているって思うとほんと虫唾が走る」


「私もお姉様と完全に同じ血ではなくて安堵しました」



 庶子であることは貴族社会では大きな枷だ。

 だが、人として堕ちたくはない。



「誰にも認められない半人前のくせに、何言ってるのよ!」

「あら! 嬉しいことですね」

「は?」

「半分は認めてくださってるっていうことですものね」



 私はこの上なく上品に微笑んだ。

 カロリーナは言葉をなくし、悔しそうにこちらを睨む。



 その時。



「お……お嬢様!! 大変でございます!!」



 ビカリオ夫人と下男が息を切らせ部屋に飛び込んできた。



「……騒がしいわよ。夫人。お姉様もいらっしゃっているのよ」


「申し訳ございません。無礼はお許しください。ですが、緊急にお知らせすることがございます」とビカリオ夫人は一通の手紙を差し出した。


 走ったせいなのか、別の理由なのか、夫人の顔が何故か輝いている。



「たった今、早馬で届けられました!」

「ありがとう」



 私は手紙を受け取り裏返した。

 神に竜を象った刻印シールが大きく押されている。



(サグント侯爵家の紋章……)



 急いでナイフで封を削り手紙を広げる。

 とても美しいがやや癖のある懐かしい筆跡がそこにあった。



「レオン……」

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