第2話 19歳の誕生日。

 カディスという国はいくつもの国家が覇を競う大陸の片隅にある。

 戦乱の世にありながら川を漂う落ち葉のように寄る辺なく日和見主義を貫く……“卑怯者“と評される国だ。


 そんなカディスの南西マンティーノスが、私の一族ヨレンテ家が支配する領地だった。


 マンティーノスは“至上の楽園“と例えられるほどに温暖で自然災害も稀な天の恵みを一身に受けた土地。

 この世界において天候に左右されること豊かな実りが約束されということは、つまりは富をもたらすと同意である。


 戦もない平穏な国でのこの価値は計り知れないほどに高い。


 にもかかわらず本来ならば王家の直轄地として管理されるべき領が、なぜ新興貴族である我が一族に与えられたのか?


 それは200年前に遡る。

 当時、カディスは王党派と貴族派で国を二分する内乱状態にあった。

 カディスを狙う近隣国家も介入し国家として存続する瀬戸際まできた時、内戦を平定し王党派を勝利に導いたのが、私の先祖セバスティアン・ヨレンテ、その人だった。


 平民であったセバスティアンが最大限の感謝と誠意を込めて爵位とともに当時の王から下賜されたのが、ウェステ伯爵家とマンティーノス領の始まりだ。


 以降、ヨレンテ家が粛々と治めてきた。


 この伝統あるヨレンテ家の当主が私、第七代ウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテなのだ。


 男尊女卑が根深く残るカディスでは、貴族の相続に関しては爵位や貴族としての財産等はただ一人の直系男性が引き継いでいくものだと……いう観念がある。



(でも私は当主となった)



 王命により密かに掟められた盟約のため、女の私が全てを引き継ぐことになったのだ。


 マンティーノスが下賜された時に王家から唯一つけられた条件。


『セバスティアン・ヨレンテの直系尊属だけが、爵位と領地を手にする事ができる』


 つまりは性別関係なく初代ウェスカ伯爵セバスティアン・ヨレンテの血統のみが富と地位を手にすることができる、ということだ。

 母である先代女伯爵を亡くし唯一の子である私が、第七代ウェスカ女伯爵になったのもこういう理由だった。



 ただ。


 ヨレンテ家当主一族としての最善の選択が、最も近い人たちの憎しみと野心、妬みをたぎらせたということになるとは思いもよらなかったが。






 事が起こったのは、18歳で女伯爵としての地位を継ぎ、一年がすぎた私の19回目の誕生日。

 長い冬が終わってすぐのとても麗かな春の日のことだった。

 


 花の咲き誇る庭園の暖かな日差しの下で私の誕生日を祝う午餐会が始まった。


 近しい家族と側近だけを招いたささやかな集いであったが、しつらえも食事も最高に贅沢で楽しいひとときだった。



「素晴らしい会でした。これを準備するのは大層ご苦労なさったでしょう。お父様、お継母かあ様。本当にありがとうございました。これからも未熟な私をご指導くださいませ」



 私は立ち上がり、父と父の再婚相手である継母に礼をいう。


 父は満足気に頷き「なぁに、我が娘のためだ。苦労など何もなかった」と私を軽く抱きしめた。


「お父様……」



 温かい父の言葉に私は不覚にも涙ぐんでしまう。



「お前もこの一年、慣れないながらもよく頑張った。さすが第七代ウェステ女伯爵だけあるな」



 父は誇らしそうに微笑んだ。



「お父様のおかげです。お父様がいらっしゃらなかったらマンティーノスはヨレンテのものではなくなっていたでしょう」



 母を亡くした時、私は幼くわずか十三歳の子供だった。

 成人前の娘に当主としての荷は重い。


 そのため父が私が成人し正式に爵位を継ぐまでの間、当主代理として支えてきてくれたのだ。

 国内外の貴族が虎視眈々と狙うマンティーノス領がこれまで大きなトラブルもなく無事にここまで来れたのも、父が尽力してくれたおかげだった。


 入婿いりむこであり、さらに外国人の父にとっては易いことではなかったはずだ。並大抵の努力では成し得なかったことだろう。

 父の献身は完璧で国王からも賞賛されるほどだった。



 けれど。

 血の繋がった父子としてはどうだったのだろう。



 時折、どこはかとなく父の態度に疑問を抱くこともあった。

 後妻である継母……とはいえ母の生きていた頃からの父の愛人であったのだが……との間にできた異母妹とは、親密さに差があるように思えたのだ。


 幼い頃から私は違和感を感じる度に心の中で否定した。


 これほど私とヨレンテ家のために親身になってくれる父にありえないことではないか。

 ヨレンテの血を継ぐ次期当主の私と、何のかせもない異母妹とでは違って当たり前だ。

 時に厳しい態度をとるのも父の責任感からだ……と。


 この宴の日。

 いつもはそっけない父も無条件に優しかった。

 重圧に耐えながら伯爵として過ごしていた私にとって、父の初めてともいえる真心こもった優しさは、ただただ嬉しく感じた。


 宴も終盤に差し掛かった頃、父と婚約者がワインの入った杯を私に渡した。



「さぁ愛しの我が娘よ。そろそろ日も暮れる。春といえどまだ寒い。当主のお前が風邪などひいてはならんからな。会はしまいにしようではないか」


「そうですね。お父様のおっしゃる通り、冷えてまいりましたし、閉会致しましょう」



 私は瑠璃の杯を掲げワインを飲み干すと、会の終わりを告げた。


 その直後。

 ぐらりと世界が回った。

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