殺された女伯爵が再び全てを取り戻すまでの話。

吉井あん

1章 死して再び舞い戻る

第1話 お前の望みを告げるがいい。

「お前の望むものはなんだ? 申すがいい」



 陽光を背にした男性が問う。

 姿も顔もはっきりとは見えない。

 だが、かすかな濃淡の影だけからでも、この男性が如何に端正で理想的な四肢をしていると想像できる。



「あ……あなたは……」



 私は目を見開いた。



 ……私はこの存在を知っている。



 いや、知っていた。

 今まで面識があったわけでもない。

 なぜだかわからないが、初めて会ったにもかかわらず懐かしさすら感じてしまう。



(どうして……?)



 突然、腹の底がじわりと痛み凍えるほどに冷たい何かが背筋を伝い、全身に粟がたった。

『逆らうな、いや逆らってはならない。平伏せ、はいつくばえ』と、本能が訴えてくる。



「あなた様は……」



 私は唇を噛み締めた。



(まさか、こんなところで出会うなんて)



 誰が思うだろうか。

 この国に住むものならば誰しもが敬い奉る存在と、ここで会うことになろうとは。

 恐怖、畏怖……歓喜。相反するさまざまな感情がおし寄せてくる。

 私は逃げ出したくなるのを必死に抑え進み出た。



「し……神聖なる御方様」



(あの御方が降臨されるだなんて。実在したのね)



 男性の足元にひざまづき、唾を飲み込んだ。



「御言葉、真でございましょうか。どのような……それがどんなに無頭滑稽むとうこっけいな願いであっても、叶えていただけるのでしょうか」


だく。お前は選ばれたのだ。この世でただ一人の選ばれし者だ。お前の望みは全て叶えてやろう。さぁ申せ、申すのだ。エリアナ・ヨレンテ。我が愛し子よ」


「エリアナ? エリアナ……ヨレンテ……」



 ――そうだ。



 ふいに脳裏に浮かぶ。


 エリアナ・ヨレンテ。

 私の名。いいえ、私の名だった。


 死んでしまった者には名前はない、というのがこの世の定石じょうせき

 それに従えば私はただの名もなきたましいだ。



(なんてこと……。やっぱり私は死んだのね)



 かつて生者せいじゃだった頃は、エリアナ・ヨレンテと呼ばれていた。

 カディスという国に住む貴族の娘だった。



(私は……)



 こめかみに鋭い痛みが走る。

 生きていた頃の記憶が濁流だくりゅうの如く私の中で渦巻き蘇ってきた。

 みぞおちがじくりとうずく。



(そうね。思い出したわ。私は殺された)



 心から愛した人に。

 家族と心から信頼していた婚約者にいともあっさりと……。

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