賞味期限の長さで幸せを感じて

海野わたる

あなたへ

幼少の時、あなたは地震を経験した。


家族は全員無事だったけれど、アパートの三階に位置した一室は地震の影響でガスの供給が断たれた。


両親が共働きで、あなたは一人で災害の恐怖と孤独に苛まれながら、留守番をしている中で給湯器を使い非常食のカップ麵を食べた。


赤いきつねの出汁の温もりが心細さを和らげてくれたと私に教えてくれた。

 

22歳で就職してから私達は出会って、付き合って同棲してからは、あなたは異常に懐中電灯とか非常食、ペットボトル入りの飲料水を用意するように気を付けていた。


過剰に災害に備えようとしているあなたが、最初は私にはおかしく思えたけれど、過去の災害の経験を聞いてから、あなたの感情が少しわかった。


一緒に買い出しに行ったときは、どれを非常食として置いておくかが楽しみになった。あなたはうどんが好きだったから赤いきつねのカップ麵を買って、私は緑のたぬきを毎回買っていた。


そして期限が近づいた食品から消費していくの。あなたは手料理じゃないからサボりと言っていたけれど、私はそのご飯が好きだった。


サバの缶詰めとかも開けて、二人の無事をお祝いして二年くらいの思い出を振り返るの。


そして夜に賞味期限から大体逆算して、日記を見返して、買った日を思い出すのが好きだった。二年前にこんな所に行ってたんだよって言うと、あなたはつまらなそうにしていたけれど、食べる時にいつも、今回も一人じゃないから嬉しいって言ってくれたのを覚えてる。


そしてまた新しいものを買うとき、二年後にまたこの人と食べるんだって思って、うれしくなった。そしてあなたも同じ思いだったと信じてる。

 

同棲して五年経って、結婚した後もそのささやかな幸せを二人して少しずつ積み重ねていって、二人が丁度三十歳になったとき、産まれたのが宗一だった。


あなたは家族のために一生懸命働いて、時々家事にも積極的に協力してくれた。時間を作って息子の学校の三者面談にも参加してくれて、宗一は少し嫌がることもあったけど、そのあと過ごす家族の時間が大切で、愛おしかった。


それでも喧嘩が増えて、お金の問題や二人の実家が原因で家族別々の道を歩くことを二人して決めたよね。


最近物を整理していた時にまたカップ麵を見つけたの。口実としては本当に下らないことだけれど、良かったらまた、私とあなたと宗一の三人で、保存食品で食卓を囲みませんか?宗一も楽しみにしています。

  

 佐藤 拓海は元妻からの手紙を読み返した後、三つ折りにして鞄の中にしまった。


鞄の中には賞味期限が二年後の赤いキツネが三つ入れてある。食べてしまった分、備えるために用意しなくてはならないからだ。


新幹線の車内アナウンスが目的地の駅名を告げた後、佐藤は立ち上がってドアの前の降車しようとする乗客の列に並んだ。


元妻にメールで、もうすぐ到着するという旨の連絡を送り、彼女に追加で、「保存食品を食べる時に悪態をついたのは、嬉しさと恥ずかしさを隠すためだったんだよ。」

と送ろうとしたけれど、どうせ今日会うのだし直接言えばいいと思って送信を辞めた。


駅を出ると、春先の太陽の光が体の芯を温めた。


離婚したことを後悔はしていない。二人で決めたことだ。それでもただ、戻れるような気がした。保存食品の賞味期限の長さに、幸せを感じていたあの頃に。

〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

賞味期限の長さで幸せを感じて 海野わたる @uminowataru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ