〖短編〗恋たぬきの化け次第

YURitoIKA

恋たぬきの化け次第

「たぬきだって恋をする」


 ひとりでに呟いた、とある冬の夜。


『二十四時間営業!』と書かれた大きな看板の下に、ポツンと『営業時間変更のお知らせ』と書かれたビラが貼ってあるケチな店。


 ありとあらゆる現代人の憩いの場にして必需品、コンビニエンスストア。

 レジの現金確認を終えて、深夜組のパートナーさんに引き継ぎのチェックをしていた時。ふと先輩が事務所に戻ったので、ちらりと掃除中(のはず)のを見やる。


 予想通り。


 彼はカップ麺置き場でしゃがみこんでは、商品を手に取って目を輝かせている。それはそれは彼の周囲に“キラキラ☆”なんて効果音が錯覚できるほどに。


 ガシャン、と勢いよくレジの引き出しを閉めた。苛立ちを隠せていないようだった。しかし、自分の世界に没頭しているらしい彼は、全く気づく様子は無かった。


 余計に腹が立った。

 ので、


「ほら、帰るよ!」


 恒例の号令。

 いつも以上に大きな声で彼を呼び出す。彼はハッと我に返った様子で、渋々とかのカップ麺を棚に戻すのであった。


 単刀直入に言うと、わたしは恋をしている。片想いってやつ。

 相手は同じクラス、隣の席、幼馴染みの彼───つまりはそこにいるヤツである。

 幼稚園から高校まで全てクラスが一緒という、定期的に運気とやらを削ぎ落とされているような神様からの采配。

 が。

 友達止まり。

 だからこその片想い。

 帰り道はお互い同じ文芸部であり、バイトも一緒であり......とにかくずっと一緒だった。毎日、朝には昨晩のこと。お昼には今日のニュースについて。夜にはスマホのメールアプリでゲームについてや好きなアニメについて。他愛の無い話ばかりしていた。幸せな時間だった。

 でも、絶対に、心だけは一緒になることがない。恋が実ることはない。それだけはハッキリとしていた。


 なぜなら。

 彼には好きなヒトがいるから。


 わたしは名前も知っている。

 その名を『緑のたぬき』。


 そう、マルちゃんの、アレ。

 東のやつ。ちなみに緑の由来は同じシリーズ品である『赤いきつね』の“赤”の補色関係なんだとか。


 税抜193円、内容量101g。インスタントなアイツ。にしてはウマイ憎めないヤツ。


 冗談ではないのが困る。

 彼は本気で緑のたぬきを愛している。毎朝わたしが彼を起こしに行くと、彼はたぬきを抱いて寝ている。バッグには緑のたぬきのストラップが付いているし、たまに音楽を聴いているのかと思えば緑のMP3プレーヤーでずっとCMソングを聴いていた。


 お昼ご飯は勿論のごとく緑のたぬき。わたしが健康に気遣って「体に悪いよ」と注意をしても、お昼の楽しみだけは譲れないと拒否された。

 その時の彼の表情はとても真剣で、注意する気も失せてしまったのが、わたしの甘いところだった。


 兎に角。彼の運命の相手は緑のたぬきであり、わたしではない。


 端から聞けば馬鹿馬鹿しいことこの上ないのだろうが、誰よりも(家族親戚を除いて)彼と一緒に過ごしているであろうわたしだからこそ分かる。彼の愛は本物だ。アオハルという少年時代の潮風は、その全てが緑のたぬきに向けられている。


 人としての敗北。恋敵としての敗北。

 それだけではない。

 たぬきとしても、負けている。


 単刀直入に言うと、わたしはたぬきだ。

 別に。あの毛の生えた動物が化けているわけではないので安心してほしい。今の化粧っ気の無い美少女はわたし本来の姿だ調子に乗るな


 家系により、たぬきの血が代々混じっている、言わゆる混血の一族だった。昔は動物の血を体内に取り入れ、人ならざる力を得て天災に立ち向かう、なんて絵空事真っ只中な事をしていた一族があったらしい。その一族とやらの末裔がわたしなわけで。


 もちろん見た目や身体能力が変化する、なんてウマイ話は無い。至って普通の美少女でした。運動オンチの。


 ......肩を落とさないでほしい。ちゃんととびきりのびっくり要素は用意されている。というか代々受け継がれてしまっている。


 変身だ。

 たった一度、相手を化かすことができる。これこそが昔より伝えられた、たぬきの異能であり、末裔のわたしからしたら知ったこっちゃないオマケ邪魔者だった。


「たぬきだって恋をする」


 タイムカードを打つのに手こずっている彼の後ろで、また呟く。

 今日は最初で最後の化かしを実践してみようと思う。それも最高に最低なカタチで。


 簡単な話。

 わたしが緑のたぬきに変身する。

 で、食べられる。


 ───と思ったところを、急に元に戻ってチェックメイト。これで懲りたか馬鹿野郎。っと成敗してくれるのが今回の作戦だ。なんて愚か。

 まぁ。そも恋愛なんて愚かなものばかりだと思う。


 これはただの八つ当たりだ。

 別に、彼が誰に恋をしたって構わない。そりゃあちょっとは気づいてほしいけど。

 でも蕎麦は無いでしょう蕎麦は。

 人に負けるのもたぬきに負けるのもいいけど、蕎麦のたぬきに負けるのは許せない。許されない。この十八年の人生初めて、たぬきとしての血筋を全うしている気がする。多分ひいひいお爺ちゃんあたりが天国で微笑んでいる。


 決行日を今日にした理由は単純だ。

 受験前の十一月ということで、わたしも彼もそろそろ追い込みの時期に入ってしまうからだ。いよいよバイトに行けなくなる。


 彼はこれから塾尽くめになるらしく、人生初めて帰り道も別々になってしまう。となれば、彼とこうして戯れることができるのも、......その。こくはく、とか。できるのも。進学とか考えると、今日が最後なのかもなって。


 だから。最後にどでかい花火を打ち上げて、盛大に散ってやろう。


 恋たぬきの、背水の陣ならぬ背つゆの陣だった。


 お互いタイムカードを打ち終わり、店長や他のパートナーさんとの挨拶を済ませて、事務所にはわたしと彼の二人きり。彼は奥の着替え室で着替え中。一方わたしは───


嘘つきロロルバケモノロロルケダモノロロル


 小さく呪文を唱えていく。コンビニに来る前に公園で拾った、落ち葉を頭に乗っけて、だ。枯れているが、別に葉っぱならなんでもいいらしい。お爺ちゃんからの教えだった。


化けろドロン───!」


 希望小売価格、JANコード、販売エリア、栄養成分表、アレルギー表、原材料に産地情報、その他諸々全てヨシ。


 ◢◤◢◤◢◤


「あれ、こんなとこに緑のたぬきなんてあったっけ」


 ふっふっふっ、と笑いそうになるや否や蓋が開きそうになる。完璧だ。ついでに『わたし先帰ってるから。これ、お腹空いてるだろうから食べていいよ』というメモ書き付き。


「あいつ、優しいな」


 ハ。馬鹿者め。


「そういうとこ、好きなんだよな」


 ハ。ハ───?


「顔も可愛いし、さぞ告られまくって彼氏もいっぱい居るんだろうな。教えてくれないだろうけど」


 フリーですが。てかなんて無礼な。

 あと、その、なんだ。ありがと。


多貫たぬきマイ、って名前。面白いよな」


 馬鹿にしているのだろうか。


「ずっとこれを好き好き言って、アピールしてたんだけどなぁ。通じないよなぁ。そりゃ。俺も、下手だね」


 言いながら、シャカシャカと緑のたぬきわたしをシェイクする彼。


 え。


「緑のたぬきをお前に見立てて化かしていた、なんて言っても、気味悪がられるし、そもそも信じてもらえないよなぁ」


 彼───吉津音きつねカイの独り言は止まらないようだった。


 ちょっと待て。


「よし、食べよう」

『ギャ』


 開いた口が塞がらない、と。四の五のしている内に本当に塞がらなくなってしまったわけだが。どうしようか。幸せそうに開封する彼だが、完全にタイミングを見失った。


 慣れた手つきで粉末の入った袋とかき揚げを取り出し、お湯を用意し始めた。

 そろそろ種明かしをしないと、とんでもないことになる。けど。ここで元に戻っても、さっきの話はどこへやら。


 カチッ、という地獄のゴング。

 お湯が沸いた。

 粉末が投入された後、熱いお湯が注ぎ込まれているが、変身している時はそもそも痛覚が無い。


 三分。

 ついに、かき揚げが投入される。

 顔を近づける彼。ふぅーっと、スープの熱を冷ますための吐息。

 しかし冷めないつゆ。なにを隠そう、そのつゆこそわたしであるから。彼が顔を近づければ、吐息をかければかけるほど熱が冷めることはない。


「なら仕方無い」


 熱を冷ますのは諦めたのか、彼はマイバッグからマイ七味唐辛子を取り出しては緑のたぬきわたしに振りかけた。


 箸を手に取り、箸先をつゆに沈めていき、蕎麦と絡めていく。まるで体の中をごりごりと抉られているような感覚だった。


 迫られる二択。単純簡単にして究極。


 たぬきわたしとして食われるか、わたしとして喰われるか。


 そんなことはどうでもいい。


 いい加減、もう、耐えられな───

「────────い!!」


 少年きつねが舞う。閃光のように伸びては消えた少女の右足。遠慮無しのフルスイング飛び蹴りは、少年のユメを破壊するには充分すぎた。


「─────ぐ、ぎ」

「あ、ごめん」


 我ながらこの光景を三文字で片付けようとは良い度胸だった。


 五分後。

 騒ぎを聞きつけ何事かと飛び込んできた店長達をなんとか誤魔化し、揃って机に並ぶわたしと彼。


「あのさ。全部聞いてたんだけど。わたしのこと、好きなの?」

「もう隠せないよ。ここまできたら、さ。さぁ煮るなり焼くなり油揚げにするなり好きにしてくれ」

「お互い様よ。ほら、折角店長が奢ってくれた緑のたぬきと赤いきつね、食べようよ」

「今そんな気分じゃない」


 寂しそうに呟いた。

 多分彼は、ちゃんと踏ん切りをつけて、自分自身で告白をしたかった───のかもしれない。


「ふーふーしたげよっか」

「馬鹿にしないでくれ。俺は本当に君のことが好きだったんだ」


 あぁ、それと。彼は既に自分が素直になりきっていることに気づいていない。加えて、顔を真っ赤にした、赤いたぬきが目の前にいることも。だから、


「わたしだって」


 おもいきり。彼の口に、息を吹き込んでやった。お互いの熱が冷めるまで。


 残念ながら、冷めることは永遠とないのだろうけど。


 それが───狸と狐の最初で最後の化かし合いだった。

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