第9話 僕はグティア・ブンバーダに入国する

 

 エルバース海軍基地から軍船に乗せてもらって、僕はゼァガルド王国のガイドウ軍港に入港した。もちろん、愛車である軽自動車も一緒だ。

 ゼァガルド王国と海に囲まれたガルド大公国には入らず、直接ゼァガルド王国に入った。ガルガン半島には二つの突起があり、西側がゼァガルド王国、東側がガルド大公国の領土となる。


「はぁ〜、本当に来ちゃった」


 一度もピスパニア市国に帰ることなく、直接だ。

 少しくらい帰らせて貰っても……と思ったけれど、アトラス教を選んでからすでに1週間ほど経過しているらしい。グティア・ブンバーダとしては早く統治官に来て欲しい派と、そんなやついらない派に分かれているらしいのだ。その派閥争いで、だんだんいらない派が優勢になっている。


 ……そんな場所の統治官になって、僕は本当に生きて帰れるのだろうか。


 ふとそんなことが頭を過ぎる。


 けれど、過ぎたることだ。もうあとは軽自動車で北上するだけ。どうしても嫌なのであれば、このまま逃走を図るしかない。そんなことをしてもデメリットしかないからしないのだ。

 送ってくれたエルバース海兵隊にお礼を告げ、僕は軽自動車に乗り込んだ。





「私が統治官に任命された、アカリです。どうぞよろしく」


 任命書を見せると、議会にどよめきが上がる。


「こんな小娘が統治官だと!? ふざけるのも大概にしろ! やはりアトラス教ではなくトルーダ帝国を選ぶべきだったのだ!」


「トルーダ帝国は侵略者だぞ!? 侵略者に屈しろというのか!」


「しかし、ゼァガルド王国は我々になにをしてくれたというのだ。一応ゼァガルド王国に属するものとされているが……」


 老人が多い。それも、頭が固そうだ。


 そして、どうやら歓迎されていないらしい。


 おそらくアトラス教を推薦したであろう議員も、僕の姿を見て困惑している。声を荒げたのはもともと反対派の一部で、賛成派を糾弾し始めた。


「だが、統治官に任命されるほどだ。何か、あるのではないか? 特別な何かが」


「……そうは見えんがな。一応聞こうか、統治官殿」


 議会にいる70人足らずの議員が、一斉に僕を見た。その瞳はバラバラで、極少数に期待を込めた瞳、もう少し多いのが無関心な瞳、そして、残りの大多数が疑心暗鬼な瞳だ。

 なんとしてでも神聖トルーダ帝国を追い返し、ゼァガルド王国とアトラス教の庇護を受けながら自由を謳歌したいという欲求が、この人たちは強い。

 部族の長なのだ、この人たちは。それだけで構成された議会なのだ、ここは。


 だから、身分はなによりも尊重される。


 良くも悪くも、ここにいる部族の長たち――いや、議員たちは位を絶対としている。

 まぁ、それならトップである統治官に従えという話なのだけど。


「アトラス教では、特一等歩兵団第三隊長をさせていただいています。こちらでは最終的に私が採決を取り、実行します。私の指示に従えない方はアトラス教への拝命行為となり、処罰の対象となることを頭の片隅に置いてください」


 とにもかくにも、アトラス教がバックについてんぞコラァ、というのを意識させる必要がある。アトラス教のバックの主力は聖皇騎士団という、世界最強の騎士団で構成された国があるのだ。

 それを敵に回せば、如何なる者も粉砕されるという。


 僕はパッと周りを見回し、すべてを受け入れるという雰囲気を終始出し続けている一人の男の人に目をつけた。

 すたすたと歩いて行き、その人の近くに寄る。年齢はまだ30歳程度のように見える。この議員たちの中では最年少かもしれない。

 嘆息し、僕を見上げる。彼はおそらく、こうなることも予想していたのだろう。戸惑いがなかった。


「あなたを私の補佐官に任命します。議会を取りまとめ、私のもとへ報告を上げてください。細かなことはこの後で説明します」


「承りました。統治官殿」


「名前を教えていただいても?」


「ああ、これは失礼。俺はバルド・シュメルトという。シュメルト族を率いる長です」


「ありがとうございます」


 バルドさんのもとを離れ、まずはこの議会でしてもらうことを告げなければならない。

 アトラス教に恭順するならば、まず一番最初にしてもらわなければならないことがあるのだ。それが、教会の設立。教会の設立なくしてアトラス教の援助はありえない。


 円形の議会の中心にある壇上に上がり、僕は周りを見ながら告げた。


「この通り、私の補佐官はバルドさんとします。議会と私のやり取りはすべてバルドさんを通してください。また、アトラス教が後ろ盾となる以上、教会の設立は必須です。費用はすべてアトラス教が出しますので、最優先事項として対処してください」


 ちなみに、正確に言うとその費用はゼァガルド王国から出される。ここはゼァガルド王国の自治領なのだから、当然だ。


「私はその教会を住居として、この地域を統治させていただきます。それでは、今日のところの挨拶はこのあたりで」


 壇上から降り、僕はバルドさんを一目見てから議会場を出た。外から見ると、この議会場はこの町で一番大きな建物になっている。少なくとも、教会はこれに次ぐ大きさでなければならない。威光を示す必要があるのだ。


「……どうなるかな」


 バルドさんに仕切れるのかどうか。若いから、という理由で相手にされないかもしれないけれど……そうやって老人がこれまでの固定観念に従って統治していると、いずれこの地域にある70部族のうち半数は滅ぶ。

 力関係を保つためにも、この地域の安全を確保する必要があった。


 教会が設立されるまで、僕は宿で過ごさなければならない。


 ……はぁ。宿、探すかぁ。


 愛車に乗り込み、僕はアクセルを踏んだ。

 とりあえず、庭の広い宿を選ばないと……愛車を置くために。


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