第10話 僕は孤児を救いたい
宿を探そうと南北に延びる大通りを北上していく。議会場はグティア・ブンバーダの南に位置し、最前線から最も離れた位置にあるのだ。
ただ、軽自動車や馬車が通れる道が、この大通りと東西に延びる少し細い道くらいしかない。道の整備も必要だな、と感じるとともに、そこら中にたくさんいる戦争孤児と思しき子供たちが気にかかった。
戦争は、もちろん初めてだ。
これまでは後方支援しかしていないから、こんな人の生き死にを間近で見る機会なんてなかった。少しだけ、気分が悪くなる。
やっぱり、戦争なんてないほうがいいんだろうな。
「どうしようかなぁ……」
戦争孤児ということは、もう親もなく、身寄りもない。孤児院があれば、とも思う。だけど、孤児院があったとして、果たしてこれだけの孤児を収容できるのだろうか。
ここにいる孤児がほんの氷山の一角とするなら、100人は下らない。
そこへ、一人の少女が大通りを横切った。ふらついた足取りで、ゆったりとした速度で。
慌ててブレーキを踏み、少女の目前で無事止まった。
けれど、少女が驚く素振りも見せず、力なくその場に倒れてしまった。
「え!? ひいてない……よね?」
いや、ひいてないとか、そういう問題じゃない。
凄く痩せていたのだ。
急いで愛車から飛び降り、女の子を抱きかかえる。
「息は……ある。よかった。まだ間に合う……!」
ホッと息を吐きだし、僕は周りを見た。
誰も近寄らない。どころか、遠巻きに僕たちのことを見ている。無理もない。
服とも言えない一枚のぼろ布を身にまとう、やせ細った少女。かたや僕は、アトラス教の正装をしているのだ。身分の違いは歴然。
でも、そんなことは関係なかった。
ひとまず後部座席まで少女を運び込み、なるべく一目につかないところまで移動する。
そのさなか、少女が目を覚ました。
「ぅ……ここは……この揺れ……敵……?」
どうやら車の揺れと敵の進軍の地面の揺れを勘違いしているようだ。
僕は車を開けた場所に止め、後部座席に移動する。
「大丈夫? これ、水だよ。飲んで」
「わ、ありがと……ございます……」
水の入ったペットボトルを、キャップを開けて渡した。
少女は口をつけ、水をこぼしながらも、飲み干した。渇望していたのだろう。もう終わり? という目でペットボトルを見ていた。
「まだあるからね。好きなだけ飲んでいいよ」
ただ、これだけ飲めるならご飯も少しは食べられるだろうか。
「こっちはパン。好きなだけ食べていいからね。いっぱいあるから、無理はしないで」
「は……い」
少女はなんとかパンを食べ、少し疲れたように眠りについた。
僕は、周りに群がってきた孤児をどうしようかと頭を悩ませる。少女の待遇を見ていれば、自分にも施しがあるかもしれないと思うのは当然だ。
だけど、この食糧は今のところ、補充できる環境ではないのだ。そう易々と渡してしまうと、反対に僕が餓死してしまう。
「俺たちにも分けてくれ! 頼む! もう、水も食糧もないんだ……」
力なく地面に崩れ落ちる孤児たちが、総勢で30人近くも集まっている。それだけの人数を食べさせる食糧もなければ、飲ませられる水もない。
せいぜい、僕一人が一週間ほど食うに困らないだけの分しか持ってきていないからだ。
「ごめん。もうこれ以上は……」
「っ……なんで、そいつには施しがあって俺たちにはないんだ!? ……アトラス教なんて言っても、所詮俺たちみたいな最下層民の相手はしてられないってか、はは」
孤児の代表と思しき少年が、自嘲気味に笑う。
「……もう、みんな限界なんだ。何人も仲間が死んだ。俺たちも、もう残飯さえ分けてもらえない。それもこれも、大人たちが戦争しているからだ! トルーダ帝国の傘下になれば、こんなことには……っ」
そう、言われても。
僕だって、助けられるものなら助けたい。だけど、現状どうしようもないのだ。
……どうしようも?
本当にそうかな。
何か、ある。そんな気がする。
「……あ。一つ、方法がないことはないかもしれない」
アトラス教の協会を設立する。その実務を担う人材は、多いほうがいい。早く終わるからだ。そして、それにかかる諸経費はすべて、アトラス教が出すことになっている。
「なんだ!? 教えてくれ。なんでもやるから……俺たちにも……!」
「今はまだ、直接的に孤児を育てることはできない。だけど、協会さえ完成すればできる。そして、協会を建てるときにかかる費用もアトラス教が出す。だから協会を建てる工事が始まるときまで、なんとか耐えてほしい。そのとき、私がなんとか、みんなを作業員にしてみせる。作業員になればアトラス教から施しを得られる……私が総本山に事情を説明すれば、いける」
まだ諦めるにははやい、と告げた。
けれど、それでも彼らには遅いのだろう。
歯を食いしばり、少年は言った。
「それじゃあ、ダメなんだ。もう、動けないやつだっているんだよ……」
少年が嗚咽をこらえているのがわかる。心の奥底から、嘘偽りなくそう言っているのだということが伝わってきた。
「……わかった。全員で何人いるの? 全員を集めて、そこに私を連れて行って」
子供たちの命がかかっている。この世界では安い命なのかもしれない。
救っていたら、きりがないのかもしれない。
それでも、何もせずに失うよりも。
何か行動して失ったほうが、まだ納得がいく。
僕には、一週間分の食糧があるのだ。
「――本当か、姉ちゃん! ついてきてくれ!」
少年がばっと顔を上げ、驚いた表情を浮かべる。
「本当だよ。私も、覚悟を決めた。足りるかどうか。間に合うかどうかはわからない。でも、やれるだけやってみよう」
「ありがとう……姉ちゃん、俺たち、絶対あんたを裏切らねえ」
「そう。……私はアカリ。君の名前は?」
「俺はレン。こいつらのまとめ役だ」
歩き始めたレンを先頭に、僕の愛車とほかの孤児が続く。大所帯になった一団は、さらに北へ向かった。
「この下なんだけど……それは無理かもしれねえ、ごめん、姉ちゃん……」
「いいよ。とりあえず、行ってみるよ」
倒壊した家屋に隠された階段を下りていくレンのあとをついていき、僕は目を見張った。入口すぐの部屋は多くの武器が転がっていて、その奥の居住区と思われる部屋には20人近くが力なく横たわっている。
合わせて50人近くいるのだ。この一つの孤児の集団だけで。
「ほかに、ここと似たような孤児の集団はどのくらいあるの?」
「えっと……たぶん4つかな。アカリ姉ちゃんは来たばかりだから知らねえかもだけど、俺たちが一番大所帯でさ、ほかのところはまだ食っていけてるんだよな」
なら、とりあえずここの孤児を救えば、急場しのぎとしては十分ということだ。
「わかった。何人かついてきて。食糧を下ろすよ」
僕は孤児を先導する。
なるべく、人を失わないようにするためには、どうすればいいのかを考えながら。
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