第8話 僕は統治官になる


 約3時間ほどかけて、200km移動した。それだけ移動すればピスパニア市国の隣にある、ド・エルダ国の海岸線に着けるのだ。

 いまやガソリンの補給を必要としなくなり、僕が運転すれば勝手にガソリンが供給されているような不思議軽自動車で。


「本当に謎だけど……」


 窓を開けて潮風を感じる。現在のピスパニア市国からいける、一番近い最前線がここ、ド・エルダの北にある港町、エルバースだ。

 エルバースにある海軍基地に入っていった。

 今日は行かないけれど、エルバースから船でさらに北にある二つの突起が特徴的なガルガン半島に行くと、そこにはガルド大公国とゼァガルド王国があり、その北が戦場になっている本当の最前線だ。

 本気で行こうとすれば、はっきりいって一週間はかかる。陸路でも行けるけれど、その場合はもう少し南に最前線があるのだ。


 まぁ、それは割愛しよう。


 僕たちアトラス教の敵は、陸軍国家である神聖トルーダ帝国とその傘下の国々。

 彼の国は、皇帝こそが唯一の存在であり神と同一であると主張している。

 アトラス教も一神教。

 もはや、戦う以外に道はないと言わんばかりだった。

 ちなみに、神聖トルーダ帝国が戦争している国は、機械の国として有名なファミリア連合とその近くにあり、なおかつ神聖トルーダ帝国と隣接している6つの小国家の連合国だ。

 僕たちがこの世界に来た時に戦争していたのは、神聖トルーダ帝国とその傘下の国々の同盟側と、その連合国側だったのだ。


「じゃ、いつも通りこれをよろしくね」


「はっ!」


 顔見知りになった海兵さんに、物販の受け渡しをする。

 僕の仕事はここまでだ。

 ここから先への荷物運びは、彼らエルバース海兵隊が行う。


「さて、と」


 一息ついて、海軍基地を出た。

 アトラス教に入信するか、神聖トルーダ帝国の傘下に付くかで議論が紛糾し、内戦まで起きているグティア・ブンバーダという地域には行きたくないなぁ、と思いながら。


 僕の仕事は終わりだけど、今日はもう一つやることがある。

 海の近くにコンビニがあれば、行き放題なのだ。

 それも、軽自動車より早く。これは輸送手段としても大変有効で、ぜひとも早く作りたい。


 そのための、土地の下見だ。


「ごめんくださーい」


 この世界。不動産を扱うのは、基本的に領主か代官。

 つまり、僕はいまエルバースの領主邸の扉を叩いているのだ。

 衛兵はいない。

 まったくもって不用心だ。相手の国が船を作る技術を持っていないからと言って、こんなにも防備の薄い領主邸は危険すぎる。

 そう思うのは僕だけなのだろうか。


「はいはい〜。あら、いらっしゃい」


 扉をあけて出てきたのは、エルバース領主夫人だった。


「初めまして。ピスパニア市国から来ました。特一等歩兵団第3隊長のアカリです」


 アトラス教信者は軍属かどうかを選択でき、僕は半年前に正式に入隊して輸送隊……には所属せず、特一等歩兵団というものに入隊することになった。

 元々第2隊までしかなく、僕の軽自動車が特殊であることから、第3隊に増えたのだ。

 しかも、隊長である。


 ちなみに部下はいない。


 それから、特一等というのは、特別なアトラスを得た人なんかを集めた歩兵団ということになる。

 人それぞれ、十人十色で、かぶる能力はないと思っていたアトラス。でも、実際は被りまくるらしい。

 そんな中で、誰とも被らない人が特一等に任じられている。その総数はなんと1000にも満たない。


「この町の土地を一つ、買いたいのですが……」


 肩書きを聞いた夫人にそう切り出した。


「なら、話は中で話しましょうか」


 領主邸に招いてもらい、僕は領主にしては質素な邸宅の内観を見学しながら応接室に案内された。


「土地をひとつ買いたいという話ですが……それは教会が買い上げるということですか?」


 教会。つまり、アトラス教が買うのかどうかだ。アトラス教は買うというより召し上げるということになるので、そこに金銭は発生しない。


 もちろん、継続的な土地代も発生しないのだ。


「いえ、個人的に店を出すために必要なんです。この港町が一番いいかと思いまして」


「特一等のあなたが?」


「いえ、僕の知り合いが店を出すという感じ……ですね」


 ムタくんが店を出すのに必要なのは、土地と建物だ。それだけあれば、あとはそこをアトラスのオーナーで契約をし、コンビニとして開業できる。

 ずいぶん便利なものだなぁ、と心底思う。



「なるほど。では……この辺りはどうでしょう」


 地図を引っ張り出してきて指し示したのは、漁港から徒歩10分圏内の場所だった。領主邸と軍港も近く、この半年の調査の結果、治安も良いと思われる。


「そこでお願いします。いくらですか?」


「少し高いですが……」


 夫人はド・エルダで流通している金貨で30枚、つまり300000エルダ必要だと言う。


 この国の一兵卒の兵士の1ヶ月の給金が3000エルダ、銀貨30枚だから、まぁその100倍。

 随分とお高い物件だ。


「わかりました。それでお支払いします」


「契約書を持ってきますね」


「はい。お願いします」


 夫人が部屋から出ていき、ふぅ、と一息ついた。

 僕の給金は1ヶ月で金貨3枚。ピスパニア市国でもエルド制のお金が流通しているから、まぁ、変換レートなんてものはない。


 近々新しい任務が言い渡され、給金が上がるらしいから、たぶん大丈夫だろう。


 生活のほとんどがコンビニで、お金は溜まりまくっているし、ムタくんがピスパニア市国で出した1号店の売り上げは凄まじく、この程度の金額なら容易に出せるのだ。


 ムタくんは養ってくれると言ったけれど、依存するわけにはいかないからね。



「お待たせしました」


 10分ほど経ってから、紅茶と契約書を持って夫人が戻ってきた。契約成立だから、紅茶を出してくれたのだろう。


「いただきます」


 紅茶を少しもらってから契約書を書き、それに捺印したら完成だ。

 夫人に渡して不備がないかの確認が終わり、金貨を渡して取引が終わる。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」


「いえいえ、こちらこそ。グティア・ブンバーダ自治区の統治官に任命された方に買っていただけると、こちらも安心です」


 ……ん?


「統治官、ですか?」


「はい。今しがた、使いの者からこれを渡されました。このあともう一度軍港に寄るのですよね?」


「その予定ですが……」


 手渡された手紙を許可をもらってから中を開き、読んだ。




 ……いやいやいやいやいや。


 どうして僕が紛争地域の戦争最前線のグティア・ブンバーダ自治区のトップに任命されなきゃいけないのか。


「何かの見間違いであれば良いのですが」


「公印がありますから、きっと本物でしょうね」


 屈託のない笑みを浮かべる夫人がなんとも眩しい。


「……とりあえず、確認します。これで失礼させていただいても……」


「構いませんよ。本日はお買い上げありがとうございます。戦地ではじゅうぶんお気をつけ下さい」


「はい。ありがとうございます」


 夫人に見送られ、僕は軍港に向かった。



 そして、使いの者に渡される赤色の封筒。




「なんてこったい……」



 思わず空を仰ぎ見ると、雲ひとつない晴天だった。


 どうやらグティア・ブンバーダ自治区の議会はアトラス教を選び、その統治官として僕が本日付けで配属されることになったのだとか。

 これから船で向かうことになる最前線への思いを馳せて、沈み込む気分を隠せない。


「生きて帰ってこられたらいいな……」


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