第3話 僕は入国に向かった

 

 あの巨大ミミズを迂回するルートを通り、ようやく人工物を目にした。


「あれは……城壁、かな? 国の周りを囲ってる感じかなぁ」


 車のナビの縮尺を調整して、ピスパニア市国全体がちょうど画面に入るようにすると、その壁が国全体を囲っているのだと判明した。

 たぶん、高さは15mくらいはある。あの巨大ミミズの全高の3倍か4倍ほど高い。

 さらにナビを拡大し、国内に入れる場所を探す。

 この草原側にはないみたいだけど、反対側にはあるようだ。というか、国の入り口が一つしかないのは問題にならないのだろうか?


「えーと、入るためにはピスパニア街道からしか無理ってことね」


 入り口に通じる道は、まっすぐに伸びているピスパニア街道というものしかなく、普通はそこから入って行くようだ。

 実際に城壁伝いに回ってみると、多くの人が並んでいる。

 けれど、彼らは一様に同じ格好をしていた。白一色の布を羽織り、頭にはターバンのようなものを被っている。


 ……これって、僕はものすごく目立つんじゃ?


 と、思ったけれど。

 すでにこの軽自動車が注目されていた。

 みんなの目が僕と軽自動車に向けられていて、とてもではないけれど、意識をそらすことはできなさそうだ。

 ピスパニア市国に入ろうとしている列の最後尾に軽自動車ごと並び、順番を待つ。

 前にいる人はラクダの引く馬車に乗っていた。

 もしかして、大昔の地球にタイムスリップしたのだろうか。

 そうだとしたら、ラクダに乗っているのも、馬車なのも説明がつくし、聞いたことがない国名でも納得がいく。

 趣味で国名をほぼすべて暗記しているから、おそらく過去にタイムスリップした地球なのだ。

 なぜ国名を暗記しているかと言えば、ゆくゆくは世界一周旅行ですべての国を制覇したいからに他ならない。

 まぁ、一生をかけても無理かもしれないけれど。



 前方から男性が歩いてくる。例に違わずほかの人たちと同じ格好をしていて、サウジアラビアを連想させる。

 色黒なところとか、礼儀がものすごく正しいところとか、挨拶に手を合わせるところとか。

 軽自動車の運転席側の窓まできた彼は、こんこんとノックした。


「なんでしょう?」


 窓を開けて、英語で用件を問いかける。


「▲◆■●▲◆●▼■」


 知らない言語だった。

 いや、僕ができるのは日本語と英語だけ。じゅうぶん世界のどこかの言葉の可能性はある。

 古代語あたりを使っている可能性も、否めないところが痛い……。


 首を傾げると、相手も言葉が通じていないことに気付いたらしい。

 懐から木製の短い杖のような、某ハ○ー・○ッターに出てきそうなものを取り出し、ぶつぶつと何か唱えた。


「通じているかね?」


「……え?」


 素で、日本語で疑問符が浮かぶ。

 いやいやいやいや、おかしい。

 何がおかしいかって?

 古代の地球にはそんな、言語の垣根をなくすことができる魔法のような便利なものがあったの?

 ……信じられない。

 どう考えてもおかしい。

 僕の耳がおかしくなったのかな? それなら納得がいく。うんうん。

 そうして頷いていると、彼は「どうした?」と問いかけてきた。


「あなたのせいでしょう……。いや、この際何でもいいです。はい。それで、どのようなご用件で?」


 諦めの境地だ。

 こんなの、理解が追いつかない。ひとまず問題の先送りをして、目先の問題に取り組もう。


「ああ、この馬車はなんだ? 見たところ馬やラクダが引っ張っているのではなさそうだが」


「これは……軽自動車という、馬を必要としない馬車です。機械ってわかりますか?」


「機械……聞いたことがあるぞ。中東のとある国が、機械大国だと聞いたことがある。そこから来たのか?」


 機械大国? 中東??

 なんのことだかわからないけれど、このまま話を押し通そう。


「そうですそうです。私、そこから来たんですよ〜」


「ふむ。中東はいま連合軍と同盟国の戦争が起きているからな。逃げて来たということか。君は大使とかではないんだな?」


「はい。まったく違います。逃げて来たただの市民です」


 彼はその答えに一応の納得をしたらしく、続いて僕の後ろの人に同じような質問をしていた。


 曰く、どこから来たのか、と。


 彼らは一様に、僕の証言と似たようなことを言った。


 曰く、戦争から逃げて来た、と。


 ただ、彼らは全員ピスパニア市国の国教である、アトラス教という宗教の信仰者らしい。

 信徒だから、この国に逃げてきた、といったところだ。

 どの時代でも、やはり宗教というのは大切に違いない。

 列はスムーズに進んでいき、夕方ころにようやく入国手続きが終わった。

 壁の内側には家々が規則正しく建てられており、向かって東の中心には白亜の西洋風の城が見えた。

 どうやらその城を真ん中に、放射状に建てられた家があって、その間には道がそれぞれあった。縦の、壁から白亜の城に続く道は太くワンボックスカーが3台横並びになれそうだ。そして、円形に繋がっているのであろう道は狭い。軽自動車がやっと通れるくらいだ。


「お腹すいたなぁ。どこかに、いいご飯屋さんないかなぁ?」


 ここは、中東という言葉が出て来たということは西洋なのだろう。西洋の料理はそれほど洗練されていないと聞くし、本当においしいところを見つけないといけない。

 僕は石造りの家・街並みを観光気分で抜けながら、中心街に向かう。

 中心に向かえば、何かしらのものがあるはずだ。

 と、そこで見覚えのあるものを発見した。


「コンビニだ……コンビニがある……!」


 しかも人は皆無だ。駐車場には誰一人として馬車を止めていない。

 セブントゥエルブと書かれており、それは僕が毎朝通っている、いつものコンビニ。

 軽自動車を駐車し、貴重品を持ってコンビニへ!


 ……ムタくん!?


 自動ドアが開いた瞬間、一人ぼーっとレジの前に立つ店員が見えた。……それはムタくんだった。

 どうしてここに!

 どうしてこの時代に!

 まさか、僕に巻き込まれた?

 いやいや、そんなわけ。


「ムタ、くん?」


「え……? あ、あかりさん……あかりさん!? なんでここに!?」


 それは僕のセリフでもある、と心の中で言いながら、僕はレジ前にゆっくり歩いていった。

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