第4話 僕はコンビニに住みたい

 

「ムタくんこそ、どうしてここに?」


 思えば、コンビニを出てそれほど時間を置かずにタイムスリップしたように感じる。


「俺は気付いたら店ごとッスね。なんか、欠伸したら外がヨーロッパになったッス」


 欠伸したらって……まぁ、早朝勤務だから眠たいのはわかるけれど。

 僕も夜の仕事を終えた次の日は、基本的に眠たい時間が続くのだ。


 ぎゅるるるるるる


「あー……」


 不意に僕のお腹の虫が鳴く。

 いや、もう、ほんと。

 恥ずかしさのあまり、ムタくんから顔をそらして、ちらっと彼をみた。


 すると、なにやら右手で顔を覆い、天井を見ているようだった。

 よくわからないことをしているなぁ、と思いながら、ムタくんにお願いする。


「お腹空いちゃって……その、朝買ったの食べてから、なにも食べてないんだよね」


「全然いッスよ。客来ないッスから! なんか、駐車場までは入ってくるんスけど、見えてないんスかね? 店の中まではというか、店自体に気付いてない感じがするんスよ」


 へぇ。

 じゃあこの中にいればまず間違いなく安全、ということかな?

 コンビニがあれば、当分の間飲み物と食べ物に困ることはない。

 車に念のため入れている毛布でも持って来たら、多少はゆっくり寝られるだろう。


「なんでも好きなもの食べてくださいッス。俺もいっぱいつまみ食いしてるんで」


 親指でくいっと彼が差したのは、俗にフライヤーと言われるらしいものだった。

 いいなぁ。僕もなんだか、揚げ物が食べたくなってきた。


「あの、私もフライドポテト食べたい、かも」


 フライドポテト……僕は一番好きだ。でも、あまり食べすぎるとお肌に良くない。揚げ物全体がそうだ。

 でも、今日くらいはいいだろう。


「どのくらいッスか? まぁ余ったら俺も食うんで、適当にやるッスよ?」


「お願いします」


「5分かからないんで、適当に飯選んで食い始めていッスからね」


 そう言って、ムタくんは冷蔵庫から冷凍されているフライドポテトを取り出し、縛ってある輪ゴムを取る。

 3分の1ほど残っていたポテトを、すべて網の中に入れた。

 あとでまたお礼を言おうと思いながら、僕は弁当コーナーに行く。


「今朝はシャケと昆布のおにぎりだったから……あ、賞味期限近いのから食べたほうがいいかな」


 弁当コーナーにあるものの賞味期限を確認しながら、一番期限が近いものの中で食べたいものを選んだ。


「うん、ロコモコ丼でいいや」


 ロコモコ丼を手に取り、レジに向かう。

 別にお金を支払う必要は感じない。だけど、ムタくんが払えというのなら払おうと思う。

 たぶん、彼はそんなこと言わないけれど。

 こんなところにタイムスリップしては、現代日本の貨幣なんてゴミ同然だ。日本に帰った時のことを考えて、財布は大事に取っておくくらいはしたほうがいいかもしれない。

 支払いは無しで、ロコモコ丼を温めてもらう。ムタくんは特に何も言ってこなかった。温めている間にピーっと音が鳴った。


「ポテト上がったッスよー」


 ムタくんがポテトを持ってきてくれた。それを受け取り、どこで食べようかな、と悩んでいると「奥から机と椅子持ってくるんで、ちょっと待ってくださいッス」と言ってすぐに準備してくれた。

 男の子だなぁ。

 その間にもロコモコ丼が温まり、机の上にムタくんが運ぶ。僕が椅子に座ると、彼は反対側に座った。


「じゃ、いただきます」


「はいッス。お茶ついでに持ってきたんスけど、烏龍茶でよかったッスか?」


「ありがと。気がきくね」


 烏龍茶はちょっと甘いかな。

 とはいえほかの店売りのお茶は飲めない。選ばれし綾鷹は苦くて飲めないのだ。




 ご飯を食べ終えると、歯磨きをしたくなってくる。あと、お風呂にも入りたい。

 そうムタくんに伝えると、新品の歯磨き粉と歯ブラシを持ってきてくれた。とても助かる。

 だけど、さすがにコンビニにお風呂は置いていない。せいぜい暖かいお湯が出るくらいで、大容量の箱のようなものはないのだ。

 ムタくんは僕がショックを受けているところを見て、すぐに代替物を用意してくれた。

 それが、体を拭いて綺麗にする濡れティッシュみたいなものだ。キャンプをよくする人や、登山家などでは結構常備している人がいるらしい。

 お風呂に入れない状況下でも、体を清潔に保ちたいと願った日本人は偉大だ。

 僕は今、世界で一番日本に感謝している。

 コンビニがこれほどまでに、なんでも置いていることは知らなかった。

 パンツもコンビニのものに履き替え済み。靴下も。服は無地の白Tシャツに、女物パンツの上から男物パンツを履いて。

 コンビニ備え付けの洗濯機の使い方を教わって、着ていたものも現在干している。

 トイレもある。水も出る。

 ここは、神の領域のように思えた。


「いやぁ、いろいろありがとね。僕は車に戻ろうと思うけど、ムタくんはどうするの?」


「え、戻るんスか?」


「そりゃ、さすがに、ね?」


 ムタくんが僕に好意を抱いていることは、薄々わかっている。そんな彼と一緒に、雑魚寝とはいえ寝るのは、危険な感じがする。


「実は、布団、あるんスけど……」


 困ったような顔で、彼は布団を持ってきた。


 ……布団? え? コンビニって布団も置いてるの?


「これはオーナーが、ここで寝ることあるからって、常備してて……。あ! しかも今日はたまたま布団の宅急便があったんスよ! こっちは新品ッスから、あかりさんでも大丈夫だと、思うんスけど……」


 ダメッスか?

 そう、目で訴えてくる。

 車の中でも、寝られることに違いはない。

 だからといって、布団に勝るかと言えば、決して勝つことはできない。

 布団は凄い。

 おふとぅんは、最強なのだ。

 腕時計を見れば、もう21時過ぎ。

 確か、眠りについて2時間で深い睡眠に入り、人は24時から28時の間に頭の整理をするという。

 つまり、あの短い杖のことも整理されるはずだ。いきなり言葉が通じたことについても。

 現在の、この状況に関しても。


 寝る場所に関しては、僕がバックルームを使い、ムタくんが売り場で寝るという話に落ち着いた。

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