第2話 僕は女の子になった

 

 とりあえず目印もないため、まっすぐに草原を突き進む。これで草原を抜けたいところだ。

 とはいえ、現在地が……。


「あ、ナビどうなってるんだろう?」


 車に搭載しているナビを見る。そこには音楽のタイトルが表示されており、車内では大好きな○坂の新曲が流れ続けている。

 ナビをぽちぽちして地図を表示させた。

 僕はそれを見て、ここが日本ではないことを強く認識する。いや、元から日本ではありえないような……それこそものすごいど田舎に行かないとないような場所だ。


 ……あれ? 日本のど田舎は山だから、見渡す限りの草原はないのかな?


 なんにしろ、この草原の広さは異常だ。

 地図で確認して見て初めてわかった。


「縮尺が間違えてるとか……じゃないんだよね」


 5kmを1cmで表す倍率に調整してようやく、草原の終わりがあったのだ。

 一番近くの市街地まで、約38km。

 僕の家からコンビニよりは近いくらいかな。


「えーっと……ナダル草原? そんなの聞いたことないんだけど……ゲームの世界か何かなの?? 市街地は〜……え? ピスパニア市国?」


 なんだそりゃ。

 寝ぼけているのだろうか。

 ゲームの世界だと、こういうのあるのかなぁ。まるでバチカン市国みたいだ。国土はバチカンよりも広いようだけど。


「まぁ、国って言うくらいだし、行けば何かしらわかるよね」


 そうと決まれば、行き先をそれに設定する。軽自動車とナビに関しては特に故障とかはなくて、本当によかった。

 もし車がなかったら、ナビがなかったら。

 僕は草原で飢え死にしていただろう。




 それから10分ほど車を走らせていて、思った。

 こんなにしっかりした、それこそ舗装された道みたいに走れるなら、先ほどまでの日本の法定速度50kmなんて、守らなくてもいいんじゃないだろうか? あの通学路とは違い、交通量なんて皆無なのだ。


「……うん。誰も見ていないし、いいよね」


 そう思い、アクセルを踏み込む。まっすぐ東に向かって時速70kmまで速度を上げるも、まだ車は安定している。揺れも少なく、あるといえばときおり吹く横風くらいだろう。

 それに気をつければ、たぶん何も問題ない。


 車内で好きな曲を流して歌いながら、まっすぐに進んで、速度を上げてから5分ほど経った頃……。

 僕の目の前に、なにやらおかしなものが映った。


「なに、あれ?」


 どう見ても生き物だ。動いている。だけど、日本じゃあれは、土の中にいたりするミミズ。


「いやいや、大きすぎない??」


 巨大すぎた。軽自動車よりも太く、新幹線よりも長そうだ。新幹線をミミズにしたような感じかな。

 ただの化け物だよ、こんなの。


「え?」


 目が合った。

 ミミズに目はないけれど、たしかに目があった気がした。そして、凄まじい悪寒が走る。


「――っ!?」


 一刻も早くこの場から去らなければならない。

 そんな気がしてならなかった。

 僕はハンドルを切り、ひとまずUターンする。戻ることになるけれど、仕方ない。

 今はとにかく、命大事に、慎重に、だ。




 巨大ミミズから2kmほど離れたところで、ようやく僕は車を止める。

 地図を見ても巨大ミミズは表示されないし、あれは建物とかじゃなくて、生き物なのだ。

 さすがの車のナビでも、生き物が表示される、なんてことはない。


「はぁ〜、迂回して行くしかないかなぁ」


 まだピスパニア市国まで40分はかかる。迂回するとなれば、ここまできた分の時間、さらに上乗せされる。

 今日中にはたどり着きたいところだ。暗くなってしまってからあんなのに遭遇しないように。


 でも、とりあえず、一度車から降りたい。

 疲れたのだ。

 コンビニでもあればいいのに……と思って地図を見ても、そんなものはなかった。


「周りになにもいない、よね」


 じゅうぶん周囲を確認してから、僕はシートベルトを外す。

 女性ホルモン注射によって膨らんだ胸は、Bカップほど……なはずなのに、おかしいな。

 ブラジャーがさっきまでよりきつくなっている。どう考えても、大きくなったのだ。もう、豊胸手術でしか大きくなることはないと思っていたのに。


「ん〜でもあってCカップ?」


 今のところは、少しきついけれどこのままにしておくほうがいい。そう判断して、車の鍵を解除する。

 ドアを開けて、外に出た。車を降りるとき、股間に若干の違和感があった。


 ……変な感じがする。


「ない? ……嘘、ない! やった!!」


 感覚が違う。手で触って見ても、奴はいない。思わず服を脱ぎそうになる。

 すんでのところで踏みとどまり、僕は現状を確認するため、カバンの中にあるポーチから手鏡を取り出す。


「お、おお……女の子だ……。女の子になってる! 肩幅小さくなってるし、髪の毛もさらさらに……」


 手鏡に映っていたのは、セミロングで艶々な黒髪を持ち、少し膨らんだ胸。狭い肩幅。小さな鼻にぷりっとした唇。目元は以前より気持ちタレ目になったかもしれない。背丈も10cmほど縮み、およそ150cmくらい。


 そんな感じの女の子がいた。


 僕は思わず笑みをこぼす。

 可愛くなってしまった。

 以前でも並みの女性くらいだったのに、今じゃ女の子より女の子だ。

 いや、僕も女の子の一員になれたのだろう。だって、手術をしていないのに、体が女の子になっている。


「もしかして、妊娠もできる?」


 さすがにそれは実践して見なければわからないけれど、おそらくできる。

 手術して性転換した場合は、妊娠できないというのに。


 不完全な性転換ではなく、完全なる性転換。


 これだ、これを待っていたのだ。

 だけど、どうして? とも思う。

 神様が、僕の努力を認めてくれた。

 今はそうしておこう。どうせ考えても答えなんて出やしない。

 どこか吹っ切れた気持ちになり、青空の下、緑広がる原っぱで、愛用の軽自動車の隣で伸びをした。

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