第42話 ヒドラ

中央公園

シド、モリヤ、ソロモンが、地図を広げ作戦会議を開いている。

モリヤが地図を指し示す。

「時間の経過から考えても、リタはそんな遠くには行っていないと思うんですが……」

「まったくあの台風娘め心配ばかりさせおって、連絡ぐらい入れられんのかのう。イネスの話では、親友のレベッカもマービン電気の車両で探しに来ているそうだ」

ちょうどその時、リタから連絡が入る。

「誰が、台風娘ですって? こっちだっていろいろ大変なんだから……というわけで、リタ・ラウリー、ただいま復帰しました」

ソロモン博士の目が輝く。

「リタ、生きておったか。よかった。今、どこじゃ。すぐ迎えに行くぞ」

シドが横から話しかける。

「通信機を入れっぱなしにすれば、こちらで探知できる。そのままにしてろよ」

「ええっと、私は、不審人物のアジトを突き止めました。駅前のマンション街です。これから私は、ジャイアント、ハンドとともに、潰しにいきます」

シドが大きな声を出す。

「ええ、またジャイアントにさらわれ直したということか? なに考えてんだ、危険すぎるからすぐ帰って来い」

「まずこいつを潰さないと、なにも始まらないんです。私は、一人でも行きます」

「ところで、特別処理班にはもう連絡したのかね?」

「はい、もちろん。そうだ、さっきレベッカが来てるって言ってたけど、どうやれば、連絡できるの?」

「忙しい娘じゃのう…。」

ぶつぶつ言いながらもソロモン博士はうれしそうだった。

「うむ、その不審者のアジトとやらも確認できた。わかった、こっちも応援を送る」

シドがあきれる。

「いいんですか。何かあったら……」

「止めて止まるような娘じゃない。でもこうなったのも、すべてわしらの責任じゃ。どんなことがあってもリタを守り通すのじゃ。わかったな」

「はい」

ソロモン博士が動き出す。

「よし、ガルシム出発用意。それからさっき別れたメタルタイタンの部隊にすぐ連絡を取れ。それから、最悪の被害を最小に抑えるため、マンション街を中心にした地域を一時的に封鎖。軍に連絡し、関係車両などを退避させるように連絡を頼む。我々もすぐ出発するぞ」


市街地に向かって走るマービンのトラック。

リーガンがモニター画面を見ながら、難しい顔をしている。

「軍の情報が間違っていたんですかねえ。巨大生物の反応は、やはり市街地に集まっていますよ。」

レベッカが少しイライラし始める。

「最初にリーガンさんの言うとおりにしてればよかったわ。まったく、軍の兵隊さんたちは何を見ていたのかしら。リタ、ごめんね。今、どうしてるのかしら…。」

マービンが確認する。

「そういえば、あのミノタウロスはどうしたかね」

「ご安心ください、守護神のように、ぴったり着いて来ますよ」

「よし、今度こそリタさんを救出だ」

その時、マービンのトラックについた緊急通信機が赤く光る。

「はい、こちらマービン電気の特別メンテナンス班ですが、どちら様ですか」

聞こえてきた声に、レベッカが目を輝かせる。

「…こちら、リタ。リタ・ラウりーよ。レベッカ、聞こえる?」

「聞こえるわ、とてもよく聞こえるわ。よかった無事で…。あなたを探して、今中央地区の目と鼻の先までやって来ているのよ」

「え、うそ? 私、うちらの街の鉄道の駅のそばにいるのよ。大きなお猿さんと一緒よ」

「え、じゃあ、本当にすぐそばだわ。すぐ迎えにいくからね。あと、こわくないの?」

「今度の彼氏は、やさしくてなかなか頼りがいがあるのよ。ちょっと束縛きついけどね」

「あの、こっちも黒い牛さんを連れて行くからね」

「牛? なんだかすごいわね。またすぐ連絡するからね。じゃあね」

いよいよリタに会える…!レベッカは体に力がみなぎるのを感じた。

マービンの車がスピードを上げて走り去る。後ろからミノタウロスが、静かについていく。


ティフォンの操縦席

大きなモニター画面に、サキシマと軍の指令が映っている。

その画面のまえに、ケン、ルーク、ロビンがそろって話をきいている。

サキシマが画面の向こうで腕組みをしている。

「……ということだ。リタ・ラウリー隊員が、現地で、あの不審人物のアジトの情報を入手し、一人で制圧に出かけたということだ。そのような連絡があったのだが、まちがいはないのだね。」

「はい、今しかチャンスはないと言って……。しかし……」

口ごもった件に、軍の指令が質問した。

「しかし、何なのだね」

ルークが代わりに答えた。

「われわれも今、バラの怪物と戦いました。例の不審人物は複数の巨大生物を操ることができるようです。ずる賢いやつですから、黙ってつかまるはずもない。もしかすると、その場合あの町の中心部に巨大生物が集結し、とてつもない爆発が起こる可能性があります」

ロビンが続ける。

「爆発を最小限に抑える手段を用意しておかないとまずいのでは……」

サキシマが首を傾げる。

「ううむ、あのあたりは、マンション街のほか、中央駅や高速道路もある交通の要所だし、大きな電波塔やスタジアムもある町の中心だ。大爆発をおこしたり、するとあとがやっかいだな」

軍の指令も万が一を考える。

「近くにもっと広い場所はないのか。うん、そういえば広い川があったのでは……」

サキシマが何かを思いつく。

「なるほど川か。そ、そうだ。あのあたりには、洪水対策のため、地下に巨大な遊水池が建設してあったはずだ」

軍の指令もはたと思い出す。

「そうか、あの巨大な地下空間を使えば被害は最小限ですむぞ。だが、怪物をどこからいれる」

サキシマがデータを呼び出す。

「街の側からは無理だが、川からなら、数十メートルの自動開閉ゲートがある」

「ゲートの開閉や、怪物の爆破などは軍でも全面的に協力できるぞ」

「あとは、どうやって、地下に引き込むかだが……」

利発なロビンが提案する。

「それならば、あの電子知能で制御された生態兵器ガルシムに協力を求めたらどうでしょうか」

「なるほど、テュホンを使って体力をそぎ、ガルシムを使って、地下に引き込み、爆破処理。何とかなるかもしれない。各方面と連携をとり、作戦を練っておこう。とりあえず、君たちは、川沿いの工場地帯を目指して、移動を開始してくれ」

「了解」

隊員たちはあわただしく動き出した。


その頃、カノウは自室でパソコンの画面をにらんでいた。

「ええっと、ヒドラがここで、キメラはいつでも出撃できるように待機だな。ドラゴンは、なんとか間に合わせないと…。こことここに仕掛けを作って…。あれ、近付いてくるのはどいつだ…」

すると、いつの間にか傍らにナイトメアがいて、こそこそと何かを伝える。

「え? ここのアジトの位置がばれてジャイアントが一直線に向かってくるって? 仕掛けが間に合うかな。わかった、なんとか間に合わせるよ。え? ミノタウロス? そいつは計算外だ。ううーん。もう一匹呼び出すか。とっておきの奴をさ」

ナイトメアはモニター画面を見て、しばらくしてからぼそっといった。

「これだけの巨大生物を餌や計略で手玉にとるなんざ、たいしたもんだね」

「はは、相棒のあんたが仕事が早くて、餌のばらまきや、仕掛けづくりのスピードがすんげー早くできるようになったからさ。面白くなってきたぜ。おかげさまでさ。ヒャヒャヒヒヒ…」

「でも、これだけの数を集めると万が一爆発が起きたら、あんたも俺も巻き添え食って木端微塵だ。どうするんだい?」

するとカノウは、振り向いてナイトメアに言った。

「あんたも知ってんだろ。このマンションの一階と地下一階は、ショッピングモールになっていて、地下街や地下鉄にすぐ抜けられる。地下なら爆発もへっちゃらだろう、もし出口がふさがれても地上への通路は、この辺なら無数にある。やばくなったら、非常階段ですぐ地下さ。」

「なるほどね、それでよく、地下一階の事務室へ出入りしてるのか」

「そういうことだ、あそこならパソコンもあるし、放送用のマイクなんかの機材もそろっているからな。ああ、そうだ、もう一匹呼ぶんだが、あの向こうに見えるビルの屋上に、生肉の塊を運んじゃくれないかな。」

窓から外を眺めると、なるほど、電波塔の横にひときわ目立つ高いビルがある。

「生肉? たやすいことだ。だがあんな高いところに餌を置いて、一体何を呼ぼうっていうんだい?」

するとカノウはふざけた笑いをした。

「フヒャハハハハ、たぶんあんたも見たことないよ。格闘技のタイトルマッチにはおなじみの、未知の強豪ってやつさ。お楽しみだ」

ナイトメアはうなずくと部屋から姿を消していた。

数分後、高いビルの屋上に餌の生肉がいくつもころがっていた…。


電波塔が近くにあるマンション街

険しい表情のリタとハンド、ジャイアントがやってくる。

リタが通信機で最後の確認をしている。

「わかったわ、ケン。巨大生物が出てきたら、川の方におびき寄せればいいのね」

「例のマンションから一五〇メートルほど西の…、ああ、場所は君の方が詳しかったな。地元だもんな。ああ、そこでなら、爆発が起きても対処できる」

「了解。でも、変ねえ。マンションの付近まで来たんだけれど、今のところ、巨大生物どころか何も出てこないわ」

静けさがあたりを支配し、風だけが吹きすぎる。

「ローゼンクロイツ博士に聞いたのは、このマンションに間違いないと思うんだけど……」

だが、その瞬間、電波等の下の駐車場に駐車してあった車から、突然クラクションが鳴りっぱなしになる。

一瞬緊張が走る。

リタとハンドが警戒しながら自動車に近づくと、中には鳴りっぱなしになるように、リモコンで仕掛けがしてあった。

「いったい、何のつもりなの。しまった、上?」

自動車に気を取られていた三人だが、ジャイアントの頭上、電波塔の上で黒い影がゆらりと揺れた。

それは、毒蛇の頭と、ニシキヘビの胴体、ヤモリやタランチュラの能力を持った怪物、ヒドラであった。

電波塔の影から音もなく現れ、落下しながら襲いかかる巨大な蛇!

「シャアアアアアアアアアアアア」

不意をつかれたジャイアントはなすすべもなく、襲い掛かられ倒れこむ。胴体を締め上げられ、毒蛇にあちこち食らいつかれる。

もがき、転げまわるジャイアント。突然のことにリタとハンドは逃げ回る。

どこからともなく、カノウの声が聞こえてくる。

「ウヒャハハ、まさかこんなにうまくいくとはねえ。その猿、頭がいいかと思っていたが大したことないねえ」

「卑怯者、近くにいるんでしょ。姿を現しなさいよ」

「ヒアハハ、ヒドラに勝てれば出て行ってもいいよ。まあ、無理そうだけどね」

リタがジャイアントに大声をかける。

「がんばってお猿さん、こんなやつに負けていられないわ」

すると、その声にこたえるようにジャイアントが、叫び声を上げて立ち上がり、ひょいとヒドラを担いだまま、電波塔を上り始めた。

「苦し紛れに逃げ出そうというのかな。無理、無理…」

しかし、ジャイアントは少し高く上ると、ヒドラを持ち上げながら叫んだのだった。

「ぐぉおおおおおおお!」

リタも叫ぶ。

「そうだ、やっちまえ」

ジャイアントは担いだヒドラを叩きつけるように体を反転させながら飛び降りた。

ものすごい地響きがして、ヒドラは下敷きになり、逃げるようにジャイアントの体から離れる。

「危ねえ、危ねえ、今の衝撃で爆発するかと思ったよ」

内部圧力が高まったのか、ヒドラの体のあちこちから、煙が噴き出す。

ジャイアントの体は、あちこち噛まれたあとが、紫色にはれあがっている。

なおも鎌首を上げて、噛みつこうとするヒドラにジャイアントは、先ほどの自動車を力任せにぶつけた。

リタが気合を入れる。

「行くわよ。これからが本当の戦いよ」

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