第41話 ローゼンクロイツ博士

無人地帯のマンションの一室。リタがベッドでゆっくり目を覚ます。明るい暖かな部屋の中、ドアが開いて、やせた年配の男が 静かに入って来る。

「やっと気がついたな。安心しなさい、体はあちこち痛いだろうが大きな怪我はない」

「ここは、どこですか、私はいったい……」

すると年配の男は、小さなメカのようなものを取り出した。数センチの昆虫メカだ。

「驚かせてわるかったのう。あの時、あんたの肩にこいつが付いていたんじゃ」

「ええっ、いったい何ですか。気がつかなかったけど……」

「これは、ツァイスの犯罪アンドロイドのナイトメアが使うメカインセクトじゃ。いったい、どんな能力があるのか、もう君に何かをしたのか、まったくわからぬ」

「ツァイスのアンドロイドのメカが私に……」

「無駄な巨大生物の戦いと爆発を未然に防ごうと、火で脅せばキメラが逃げるとあのアンドロイドに教えたのはわしじゃ。だが、同時にその時、あんたの首元にこいつを見つけ、急いで始末するようにも言った。それであいつはとっさの気転でジェットパンチで、メカインセクトをつぶしたんだ」

「そういうことだったんだ…。そのアンドロイドは、ハンドは、今どこに?」

「ハハハ、心配には及ばん。そのドアの向こうで、見張りに立っているよ。それより、わしの手作りのハーブティーがあるんだが、一杯どうかね」

「ありがとうございます」

「とりあえず君はジャイアントから解放された。戦場に戻るか、家路に着くか、落ち着いてよく考えるといい……」

心のこもったハーブティーがふるまわれる。心からおいしそうに飲むリタ。

さらに、目の前にトーストやハムが出てくる。

「こんなものでよければ、食べ物もたっぷりあるぞ」

「いただきます。おいしい、おいしいです」

すごい勢いで食べるリタ。それをやさしく見守る年配の男。

「でも、なんでツァイスとかアンドロイドとか、怪物の弱点までご存知なんですか。あなたはいったい……」

「フフフ、私が、ローゼンクロイツ、このすべての事件の元になった細胞から、エルンストたちを開発した研究者だ」

リタは言葉を失った…。


無人地帯の高いビルの屋上で、黒い帽子のアンドロイド、ナイトメアが街を見下ろしている。そこにツァイスの裏組織から、緊急通信が入る。

「メカインセクトが1台、通信不能となったが」

「リタ・ラウリーに取り付けたものだ。本人には気づかれなかったが、あのハンドというアンドロイドに気づかれたらしい。回収不可能な状態だ。ほかのメカインセクトは正常に動ているし、私の能力に気づかれたおそれはないがね」

「また、あのハンドか。この間もあいつのおかげでカエサリオンを回収できなかった」

ナイトメアはその言葉を聞いて、何かを思い出した。

「そういえば、カエサリオンは、まだ国際警察サイドには渡った形跡がない。あの日、ほかの誰かが持ち去ったのではないかと思われる」

「そう考える根拠は何だ」

「こちらに来て、カエサリオンの行方を探ろうと、軍や警察のコンピュータの記憶を調べたが、行方どころかカエサリオンに関係した記録自体がまったく見られないからだ」

「本当か。カエサリオンは、我々ツァイスの大きなアキレス腱だ。我々の犯罪の記録がすべてつまっている。最終兵器ミスリム砲もローゼンクロイツが持ち出したままだしな。もっと情報がほしい、そちらもあわせて任務に当たってくれ」

「了解」

ナイトメア、屋上からふわりと飛び降りて、無人の街の中へと消えて行く。


ローゼンクロイツの隠れ家。

小部屋でハーブティーを飲むローゼンクロイツとリタ

「一つお聞きしてよろしいですか?」

「なにかね?」

「あなたは、プロ・メタ・αを改良して暴走しない新しい細胞を開発したと聞いています。、しかしその開発をやめてすべてを無に戻した。もしもそうしなければ、こんな怪物が異常増殖することを抑えられたんじゃないですか」

ローゼンクロイツはため息をつきながら言った。

「…そうかもしれぬ。早く異常増殖しない細胞が世の中に広まっていれば、、この無人の街も、あの巨大な怪物たちも、すべて生まれなかったかもしれぬ…」

リタは顔を上げてきっぱり言った。

「私の両親は爆発で死亡、弟はまだ重症で入院しているわ。小さな花壇があった家は吹き飛び、生まれ育った街はゴーストタウンになり、友達のペットも思い出の動物園も、怪物になって襲いかかってきたわ」

「何も言い訳はしない」

「いいえ、あなたが悪いんじゃない。あなたは体のどこの部分にも変化する細胞を作っただけ。それだけだったら素晴らしいこと。人類の進歩に役立つことじゃないですか。でも、それをなぜ、無に戻してしまったのか教えてほしいんです」

するとローゼンクロイツ博士は、しばらく黙り込んで、外を見ていた。そして少ししてから静かに話し出した

「…わしには交通事故で寝たきりになったヴァイオレットという娘がいてのう。その日の朝、元気に学校に出て行ったきり、もう声を聴くことはできなくなった。居眠り運転の車が突っ込んで…、一命は取り留めたものの、植物人間となり、いくら話しかけても、もう何も反応の一つもしなくなった。脳の大事な部分が機能しなくなっていた…。そこでわしは、ツァイスと担当医師の協力を得て、細胞を改良し、娘の治療に使った…。プロ・メタ・sの移植はうまくいった。異常増殖も起きず、、数週間で脳の機能が回復し始め、一ヵ月後には娘は目を開けて、しゃべりだした」

「暴走しないで、成功していたんですか? じゃあ、なぜ研究をやめてしまったんです」

「私も、最初は狂喜乱舞して、毎日が輝いていた。だが、娘がすっかり回復して、自宅にもどって一緒に生活を始めた時、とんでもない事実に突き当たった。」

「それは、いったい?」

ローゼンクロイツ博士は大きくため息をついてから話し出した。

「ある日、気が付いて愕然とした。目の前にいるのは別人なのだと。娘と同じ外見と、同じ記憶を持った別の生物なんだ…と。言動がまったく別人のようなので、私は彼女の髪の毛の遺伝子をこっそり取って調べた。遺伝子がすべて入れ替わっていた。娘の意識は乗っ取られ、別の生き物がそこにいたのだ。いや、それでも娘は私をお父様と呼んでやさしく接してくれた。通常の人間とは違う意識や遺伝子を持っていても、私には愛する娘に違いなかった。でも…それ以上は…」

「うそ、そんなばかなこと…」

「私は最悪のパターンで神々の領域を侵してしまった。娘のためだと思って、結果として本当の娘は消滅し、かわりに禁断の生物を誕生させてしまったのだ。でも、私は、その娘を、ヴァイオレットと何もかも同じ別の娘の命を奪うことはできなかった。もう、生まれてしまった、そこに生きているのだから…。エルンストだってそうだろう、彼は遺志を持っている。あれはバイオアンドロイドではない、新しい生き物なのだ。しかし、私のあいまいな行動が、結果として怪物たちが闊歩する無人の街を生んでしまった…」

「悪いのはあなたではなく、テロリズムです。私は、こんな家族の思い出を怪物に変えてしまうようなものは、ひとかけらでも存在を許すまいとここに来ました。博士も同じなんでしょ」

「命を捨てて、この無人地帯に進入した。私が開発した怪物を引き寄せる誘引装置を使って、一匹ずつ広場に誘導し爆発処理するつもりだった。ところが、封鎖地帯に来て驚いた。ここにはもうツァイス、やつらの手が伸びている。しかもやつらに味方するとんでもない輩までいるのだ。怪物たちは操られ、爆破処理はなかなか進まない」

リタが怒りをあらわにする。

「知っています。あの顔、今もはっきり覚えている。やっぱり私、家に帰るわけにはいかない。今こうしている間にも、あいつの悪巧みが進んで行く。私やっぱり戦います」

ローゼンクロイツ、きちんと整理されたリタの荷物をリタに手渡す。

「君がそう言い出したらどうしようと心配していたんだ」

「博士、知っていることがあったら、残らず教えてください。私、これから、やつをつぶしにいきます」

「なんとも勇ましいな。わかった、やつの隠れ家を教えよう」

「ありがとうございます。でも、博士こそ全部一人で背負い込まないで、みんなと一緒に戦ってください。、そうだ、この予備の無線機置いていきます。ソロモン博士に直接話ができますよ」

「ありがとう。考えてみよう」

建物の外、物陰で、ハンドが見張りをしている。そこに飛び出すリタ。

「ハンド、いつもありがとね。ところで、あの大きなお猿さんは?」

すると、ハンドが少し先のビルを指差す。そこには、つまらなそうにジャイアントが座ってぼんやりしている。

駆けよるリタとハンド。

ジャイアントを見上げるリタの瞳は、輝いている。

ジャイアントの手がそっと伸びて、リタはまた、肩の上に。

それを部屋の中から、そっと見送るローゼンクロイツ博士。見送りながら、予備の無線機を手に取り、見つめる。

リタが自分のスカーフの生地を破いて何かを作っている。

気がつくと、リタは、黄色い小さな腕輪をしている。

ハンドの腕にも同じ腕輪がついている。

ジャイアントの小指にも同じ腕輪(指輪)が……。

そして、リタたちは思いを胸に、元気に歩き出すのだった。


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