第36話 ピラミッドクライシス

市の中心部にある無人地帯・広い公園にエンジンの音が響く。

軍の車両に乗って、サキシマが、レオン博士と降りてくる。

「こんなところまでおいでいただき、ありがとうございます」

「いえ、そのピラミッド・クライシスというのをご説明願えれば」

レオン博士が、花壇を指差す。かなり荒れ果て、キノコがたくさんはえている。

「では、さっそくあちらを見てください」

「おお、マッシュルームですな」

レオン博士がレポートを見せながら話し出す。

「もともとテロ組織が持ち込んだものをAグループとしましょう。これは、周囲の植物細胞を急激にバクテリア分解し、数十センチまで成長すると、体内に爆発物質が蓄積され、爆発します。ところが、最近は巨大化して怪物化するBグループや、爆発力を利用して、飛行し、細胞をばらまくCグループが現れました。でも、ここにあるマッシュルームは、そのどれでもないのです」

「そういえばひとまわり小さいような?では、いったい……」

「爆発したり巨大化する前に、小さなままどんどん分裂して増殖を繰り返すDグループです。さらに、この爆発しないマッシュルームがほかの植物の遺伝子を取り入れて、いろいろな環境に増え始めている。キノコの森のようなものも確認されているのです。」

「なんの働きがあるのですか?」

レオンが双眼鏡を手渡す。

「双眼鏡で見てください、あちらの物陰です」

サキシマが遠くで動くものを確認する。

「おお、デーモンですね」

「こっちを警戒して出てこないんですが、あいつらは、マッシュルームの収穫をしにたびたびここを訪れます」

「収穫?いったい何のために」

「何度か観察されているのですが、デーモンたちは、収穫したものを自分たちで食べるほかに、巨大生物と分け合っているのです」

「分け合う?何のために……」

「アリとアリマキのように、餌を与える代わりに、他の怪物から身を守ってもらっているのです」

「共生関係ですか」

「どこかで見て学習したのか、自然の摂理なのかはわかりません。でも、ここでは、クリーチャーボム細胞から新しく生まれた生物同士の間で、生態系のようなものさえでき始めているのですよ」

サキシマが驚く。

「ま、まさか。こんな短期間のうちに……」

するとレオン博士が慎重に言葉を続ける。

「でもこの未成熟な生態系のピラミッドには、致命的な欠陥がある」

「欠陥?」

「ピラミッドの底辺にある植物質、その上で増殖していくマッシュルーム、それらを食べるグール、ワーム、さらにその上のトロル、この辺までは、適当な数が分布しており、駆除も難しくないでしょう。でも、百獣の王の位置にあたる部分が多すぎるのです。サキシマさんもミノタウロスを見たでしょう。あんな大きなものは、この地域に1~2匹いれば十分でしょう。でも、確認されているだけでも、ヒドラ、ジャイアント、ドラゴン、ミノタウロス、ガルシムと5体いるし、ゴミ焼却場のあたりには、もっと巨大な反応がいくつも出ているそうです」

サキシマが息をのむ。

「それが、ピラミッドクライシス?」

「彼らは放っておけば、食物連鎖の頂点を目指し、戦い合い、その結果、ものすごい爆発を起こし、街をすっかり廃墟に変えてしまうでしょうし、食べ物を外に求めれば、住民のいる場所で、破壊や爆発を起こすことでしょう」

「どうすればいいんでしょうか」

「なるべく巨大生物同士を戦わせず、1匹ずつ処理するべきでしょう。あのタンパク質の分泌を利用すれば、強い個体を呼び出すことも可能です」

サキシマが思いつく。

「なるほど、タンパク質の分泌装置を、メタルタイタンに取り付けるように工夫してみましょう」

無人地帯の空は澄み切って、緑がまぶしい。

レオンとサキシマは、しばし、そこにたたずんだ。


ここは北ブロック、ゴミ集積場のそば

あちこちに放置された、ゴミがちらばっている。

その風景の中を、ヴァイオレットが静かに歩いている。

上空で何かがざわめく。ハーピーの群れを引き連れ、巨大なエイのような空飛ぶ怪物、ワイバーンが通り過ぎていく。

途中でデーモンが飛び出してくるが、ヴァイオレットが頭をなでると、おとなしくなって、静かに去っていく。

だが、そのデーモンは、建物の陰から出てきたトロルにつかまり食べられてしまう。

そのトロルは、体も大きく、右手の先に大きな甲殻類のハサミを持ち、体も岩のようである。ヴァイオレットは近くの塀の上に座ってそれを見ている。

ヴァイオレットはそのトロルにつぶやく。

「あなたって強いのねえ。でも、世界は強い物をそんなにたくさん必要としていないのよ」

だが、巨人が獲物を食べていると、その匂いに誘われたのか、さらに巨大な怪物が近づく。

それは、巨大な鳥のくちばしと体、鋭い爪と大蛇のような尻尾を持つ、凶暴なコカトリスであった。

空は飛べないが、体を包む羽毛は、硬く鋭い針のように変化し、蛇のような尾が、鎌首をもたげる。

にらむコカトリス、だが、トロルはうなり声を上げ、威嚇する。

コカトリスの顔がゆがむ。

餌を食べるトロルをコカトリスの尾の大蛇が締め上げる。

もがくトロル、やっとのことで片腕がはずれる。

蛇の胴体をハサミで切り、逆転に転じるトロル。巨大なハサミが、コカトリスの体を叩きのめす。しかしコカトリスの鋭いキックが命中し、翼がはばたくと、数え切れない鋭い針が空中を飛び、トロルの体に突き刺さる。

もがくトロル。それを、するどい猛禽の爪が引き裂き、強大なクチバシが噛み砕く。

勝負あった。熱放射がゴミを舞い上げる。

巨大な獲物を貪り食うコカトリス。

まわりにはおこぼれにあずかろうと、デーモンの群れが集まる。

ヴァイオレットが声をかける。

「あら、あなたも来たの。おこぼれがあるといいけれど……」

ヴァイオレットの隣にデーモンのボスが来て、仲良く並んで座る。

コカトリスは、トロルを貪り食い、傷も治り、蛇の尾も再生する。さらに胴体から、カニのハサミのような腕が生えてくる。満腹になり、食べ残した細胞のかたまりを、デーモンがとろうとすると、コカトリスが追い払う。

デーモンのボスが奇声を上げる。

「そうよね、あいつ威張りすぎだわ」

ヴァイオレットが口笛を吹く。すると、近くのゴミの山が、大きく揺れ、巨大な鍵爪を持った長大な触腕が槍のように凄い勢いで伸びてくる。避ける間もなく、コカトリスの胴体に突き刺さり、ゴミの山へと、引っ張って行く…。

コカトリスは。もがきながら、、熱放射やトゲをとばすが、大きな甲羅に跳ね返される。どうにもならない。

逃げるのをあきらめ、強大な爪をたて、飛びかかるコカトリス。だがその体をゴミの山の中から突然突き出た強大な角が貫く。ものすごい熱放射が噴出す。だが、ゴミの山からたこの足のような吸盤のついた腕足が伸びて、すべてを飲み込んでしまう。

さっきの食べ残しにデーモンたちが群がる。

デーモンのボスは、ヴァイオレットにやさしく鳴き声をかけると、去って行く。

ヴァイオレットがやさしくささやく。

「このあたりじゃ、もうあなたが一番ね。しばらくあなたと一緒にいようかしら。クラーケンさん……」

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