第20話 チームファルコン

高層ビルの最上階の展望台。

観光客が,街を眺めている。一人の女性が、近くのビルの屋上にいるはずのない人影を一瞬見たように思い、目をこらす。

「あら、今のは何かしら。あんなところに誰かいたような」

彼氏が振り向いて笑った。

「ハハ、あんな場所に人がいるわけないよ」


だが、その高層ビルの屋上で、一人の男が右手に何かをセットしている。

右手を上げると、超高性能の狙撃ライフルになっている。口径がかなり大きく、特殊な銃である。

ツァイスのアンドロイドで、チームファルコンの狙撃手ブリットである。

ブリットは小さなヘッドホーン型の無線機と特殊なゴーグルをつけ、仲間と通信を始める。

「フォルス聞こえるか。フォルスよ。指定地点に移動完了した。次の指示を頼む」

フォルスと呼ばれた相棒は澄み切った音声で答える。

「移動完了を確認した。現在のそちらの状況を報告してくれ」

「南南西の風2~4ノット日没まで17分、視界良好、以上だ」

すると、フォルスの声がブリットの体全体を包み込むように響き渡る。

「それでは君に『神の目』を与えよう。スパイ衛星の超高精細画像、街のすべての監視カメラ、スパイロボットの潜入映像などと街のあらゆるデータを合成して作った、もうひとつの街の姿を見るがよい」

その瞬間、ブリットの目の前の風景が、上空からの風景に変わる。

すぐ眼下には、高層ビルの上で銃を構える自分自身が見える。

ブリットが聞く。

「ターゲットはどこだ」

その瞬間、遠くにあるビルがグーンと近づいて見え、その15階の建物の中が、拡大されて見えてくる。

「これから室内を見せる。ターゲットは赤、それを守るセキュリティポリスやガードシステムはオレンジ、一般人や外部のものは青で示す」

するとそのフロアーの壁がすべて透き通って、中に色分けされた大勢の人々や、部屋の様子が映し出される。

「狙撃の障害になるものは?また、こちらが発見される可能性は?」

「ターゲットのいる建物の窓はすべて、防弾シャッターが下り、本人も防弾チョッキと防弾ヘルメットを着用、周囲には二十人の警護とアキレスが5体、目を光らせている」

「アキレス以外は問題ない。ドリル貫通弾を使う。」

フォルスが続ける。

「ここの建物とターゲットのいる建物の間にはたくさんのビルがあり、距離も遠く、まず発見されることはあるまい」

「了解した。では予定時刻までに、壁を貫通させるドリル弾と誘導追尾システム弾、そして防弾チョッキの隙間を貫く電脳装甲弾を用意しよう」


情報局長のいる中央情報局ビルの近景。

日が沈み、サーチライトが上空のあちこちを照らし出す。

周りに警察の車両や軍の装甲車が見え、周囲にもたくさんの警護の者たちが、隙間なく警備に当たっている。

街の中を走り回るリタとシドとハンド。

リタがぼやく。

「ハンドのセンサーに何も反応しないわね」

モリヤもうなずく。

「こんなに厳重な警備を用意させて、それでもやつらは予告時間に狙撃を行うのだろうか。いや、行えるのか」

「みんなが集まったところで、爆弾を仕掛けて一気にドーンとやるとか……」

シドが首をふる。

「ファルコンの名前で、しかも狙撃と予告したからには、それはないだろう。しかし、やつらの狙いが読めない」

リタがシドに頼み込む。

「狙撃手が隠れていそうなビルをもう一度教えて」

「方向からみて、あのルパートセンタービルか、クレードデパートのビル以外は無理だと思う。でも、もうあの2つのビルは、警察の捜査員でいっぱいだ」

「そうよねえ、ほかに何か不審人物情報でもないかしら。そうだ、ネットの掲示板で、不審人物情報を募集してみようかしら」


公園(夜)

ふらふらとレベッカが歩いている。愛犬のラッキーを探しているようである。散歩の途中、突然暴れ出して、帰ってこないのだ。

「ラッキー、ラッキー!いったいどこにいったの。ラッキー」

植物園の方で、何か動く気配。不安な顔をしながら歩き出すレベッカ。

「あら、いったい何かしら、こんなところに……」

見ると、物陰に犬の首輪や買い物バッグなどが散乱している。

いつか見かけたようなものばかりである。

「ラッキー、ラッキー」

その時、レベッカの背後に、巨大な影が迫る。

ふと、振り返るレベッカ。

「きゃああああああああああ!」


街中を疾走する救急車。サイレンの音が当たりにこだまする。


中央情報局

情報局長のもとに救急車のサイレンが響き渡る。

調査員が飛び込んでくる。

「局長、例の集計結果が出ましたけれど、いかがいたしましょう」

情報局長はすぐに向きなおった。

「もちろん、すぐに報告してくれ」

「はい、こちらですが、その……」

情報局長の顔色が変わった。

「これは、な、なんということだ。住宅地を中心に、数百もの反応が」

調査員が解説を加える。

「市街の下水道網に沿って、放射線状に広がりつつあります。あと、北部のゴミの集積場のあたりもひどい状態です。市長や警察署長と連絡をとって、すぐに住民の避難を検討しなければ」

情報局長の目が光った。

「うむ、すみやかに避難をさせなければ。だが、ただ逃げてばかりではやつらの思うつぼだ。断固、打つべき手を打ってからでなければ我々は逃げてはいけないんだ。徹夜で用意し、報復措置の第一弾として、爆弾の強制駆除をすぐに開始だ」


街(夜)

静まり返っている。

リタが、携帯のネット画面を見て叫ぶ。

「あった、第三貿易ビルの屋上に、いるはずのない人影を見たっていう書き込みがあるわ」

モリヤが遠くを見つめる。

「そのビルはかなり先だぞ、あんな遠くから狙撃なんかできるのかな」

シドがつぶやく。

「まあ、人間じゃ絶対無理だろうけどなやつらの能力ははるかに人間を凌ぐ。」

リタが叫ぶ。

「行くわ、行くしかないわ」

みんな四駆に飛び乗り、走り出す。


第三貿易ビルの屋上(夜)

ブリットが3種類の弾丸をつなぎ合わせた特殊な弾丸を用意している。

フォルスから連絡が入る。

「予告時刻まで、あと452秒。ソロモン博士のアンドロイドと諜報部員が第三貿易ビルに向かって動き始めた」

「ここへの到着推測時刻は?」

「500秒前後だと推測される」

「それなら予定に変更なし」


エレベーターの中で、時計を見ながら落ち着かないリタたち。リタ、シド、モリヤ、ハンドのほかに、事務員の若い男が乗っている。

ハンドの、センサーハンドが、かすかに赤く点滅する。

ハンドが確信を持つ。

「間違いない。センサー反応がだんだん近くなってきている」

リタはじれったくてしょうがない。

「なんで、何度も乗り換えないと屋上に着かないの。時間がなくなっちゃうわ」

事務員がすまなそうにつぶやく。

「このあたりで一番高いビルですから……。あと、ここの屋上は展望台も何もなく、屋上に出るなら、階段か、作業用エレベーターしかありませんので」

シドも時計を見る。

「わかりました。そこから先は私たちで行きますから。でもあと数分しかないなあ」

チンと音がして最上階に着く。

事務員を残し通路を走って行くと、突き当たりに階段と小さなエレベーターが見える。

モリヤがあちこちチェックする。

「作業用エレベーターは、2人が乗ればいっぱいだな。おれは、階段で行く」

「あたしは先にエレベーターで行かせてもらうわ。ハンド、一緒に来て」

シドも階段へと走り出す。

「よし、おれも階段ですぐ追いかける。おれたちが行くまで無茶するなよ」

リタ、返事をしないで、作業用エレベーターに飛び込む。ブザーが鳴り、ゆっくりと扉が閉まり、少しずつ動き出す。

「ちょっともうほとんど時間ないのに……。もっと早く動いてよ」

風のように階段を駆け上って行く、モリヤとシド。すぐに屋上に到達するが、頑丈な扉にカギがかかっている。

「なんてこった。モリヤ、手伝ってくれ。ぶち抜くぞ!」

エレベーターの中、壁を叩き、落ち着かないリタ。時計を覗き込む。

「なんでこんなに遅いのよ。ああ、5・4・3・2・1・時間だわ」

その時、扉の向こうから、パンパンと銃声が2発聞こえる。

「まさか、今の音が……」

リタの乗ったエレベーターが停止する。


ビルから大きく弧を描いて、弾丸が飛んで行く。

弾丸はある位置まで来ると、明らかに向きを変え、一直線に情報局に向かい、スピードを上げていく。

情報局長は、この瞬間にも顔を上げ、テロに立ち向かっていた。

「我々は、一時的に退却はしても、逃げ出してはいけない。立ち向かわなければならない。心が折れてしまえば、やつらの言いなりになってしまえば、この街は死んでしまう」

リタの前で、扉がゆっくりと開いて行き、そこにブリットが立っている。

にらむリタ、不敵なブリット、そして情報局長。

そのとき、防弾シャッターをドリルがつきぬけ、ガラスを破り、人々の間を縫うように弾丸が飛び込み情報局長の背中に命中する。

情報局長がのけぞる。

「うぐ」

ブリットがかすかに微笑んだ。

「今、命中が確認された。我々の勝ちだ。おまえたち、予定より少しだけ早かったが、間に合わなかったな」

リタ、銃をブリットに向け、続けさまに撃つが、ブリットは平然としている

「なんで、そんなひどいことを!ハンド、逃がしちゃだめよ」

ハンド、ジェットハンドに付け替えて、向かっていく。

ブリットが意外そうな顔をする。

「あれ、今、銃声が2発、君たちにも聞こえなかったかな」

「2発?」

不思議がるリタの前で、ブリットは上を指差す。

すると、頭上で旋回していた、もう一発の銃弾が流れ星のように、ハンドを急襲する。銃弾はハンドの肩に当たり、小さな爆発がおこる。

リタが叫ぶ。

「ハ、ハンド!」

ダメージを負って、よろめくハンド。ブリットは、その時を逃さずサッと遠ざかって行く。

「待って、待ちなさい」

ブリットはそのまま高層ビルから飛び降りる。そして金色の翼を広げて、空のかなたへ飛び去っていく。

倒れた情報局長、駆け付ける人々。

屋上のドアが壊され、モリヤとシドが、駆けつける。

立ち尽くすみんな。ブリットの金色の翼が、虚空へと消え去って行く。

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