第9話 消えたターゲット

リタが運転する帰りの車の中、シドがイネスと連絡をとっている。

イネスの顔がモニターに映る。

「犯人は息子さんのブログの中から、画像データや音声データ、思い出話や今回の旅行計画などをあらかじめ仕入れておいたのね。そして別にハッキングした家族の個人情報と合成し、人工知能の認識能力を最大限に使ってバーチャル空間にもう一人の息子さんを作り上げたのよ。高度な電子知能を使っているから、何を聞いても息子さんそっくりに答えられるわけね」

リタが尋ねた。

「危なくだまされるところだわ。でもさっきのハンドが出した信号音は何なの」

シドが説明する。

「ソロモン博士の作った人工知能すべてに使われている制御コードだ。あれで反応したってことは間違いないのさ。おいハンド、分析はできたのかい」

「はい、こちらの信号コードに反応したデータから分析して、開発コード012、カエサリオンです。頭脳と胴体だけの試作品ですが、処理能力はかなりのレベルを保持しています。」

「博士の渾身の電子知能が、こんなくだらない詐欺に使われているとはなあ」

シドのぼやきに、イネスが冷静に答えた。

「裏に何かありそうね。とりあえず、詐欺団の本拠地のデータはそっちに転送しておくわ。こっちがサーチをかけたのに気づいているから急いだほうがいいわよ」

シドがさらに頼み込んだ。

「イネス、ネット警察のディーンにもデータを送ってくれ。どこのどいつが犯人だか知らないが、共闘作戦でふんじばってやる」

リタがアクセルを踏み込んだ。

「ええっと、よしわかった、ダウンタウンへ飛ばすわよ」

四駆、市街地へ走り去って行く。


アレンのアパート

アレン以外誰もいない。アレンはパソコンに向かって、特殊なパスワードを打ち込む。画面が動き、ツァイスの裏のサイトにつなげる。

「……という状況で、いつ踏み込まれるかもしれない。もうけた金の隠蔽工作は、友人たちが今やってくれているが、このアジトの機材をどのように隠したらよいのか指示を頼む」

すると画面の中の男が支持を出す。

「貴社の顧客データや、今日までのすべてのアクセス記録、ならびに違法プログラムは、すべて人工知能カエサリオンの中にバックアップがとってある。すべてのパソコンのシステムを消去し、証拠となるものをすべて消し去るPR命令を今から送る。あとは、本部から派遣された宅配業者にカエサリオンを預ければ、理論的には証拠は残らない。宅配業者は今から5分後に正確に貴社に到着する。以上」

不安そうに窓から外を見下ろすアレン。ダウンタウンに到着した四駆の横にもう一台の車が滑り込む。送信されてきたカエサリオンの写真を見つめるシド。次にディーンに見せる。

「ツァイスがなぜ、こんなちんけなネット詐欺団に渡したのか、その動機が不明だ。スーパーコンピュータ並みの処理能力と記憶容量を持ち、さらに人間そっくりの感性と認識能力を持っている」

ネット警察のディーンは冷静に連絡を取りながらシドに報告する。

「資金の隠蔽工作を行っていたやつらの仲間はもう全員逮捕した。みんな工科大学の学生やフリーターの若者で、造作もなく捕まえられたよ。こっちは、ツァイスのアンドロイドがらみだから、うちの部署のほかにもアキレスの小部隊を頼んだ」

すると、ディーンの車の中にいたネット警察の警官が小さなメモを渡した。

「ふむ、ツァイスの本部からの暗号を解読した。宅配業者だ、やつら宅配業者にカエサリオンを運ばせるつもりだ」

アレンのいるビルを見ると、外側の階段を二人組みの宅配業者がちょうど下りてくるのが目に入る。

ディーンが全体に命令を出す。

「よし、やつらを取り押さえろ」

ネット警察の捜査員たちが走り寄り、取り囲んで宅配業者を静止させる。だが次の瞬間、一人の宅配業者が、わきに駐車していた車をひょいと持ち上げ、捜査員に向かって投げつける。何人かが発砲するが、銃弾をものともせず、破れた作業服の下からは超合金のボディが現れる。戦闘アンドロイドだ。もう一人は、手榴弾のようなものを地面に投げつける。爆発音とともに、もうもうと煙が立ち込める。シドが叫ぶ。

「煙幕弾だ。リタ、ハンドのアナライズモードで、やつらを追跡しろ!」

煙幕が晴れる。ほんの数秒の間だが、大型の戦闘アンドロイドが、捜査員と戦っているのが見える。肩の装甲が外れ、中からショットガンが火を放ち、右手からは稲光が光っている。だが、もう一人と大きな荷物は跡形もなく消えていた。

リタがハンドに確認する。

「ハンド、やつはどこ?」

「赤外線モード分析。今通りかかった白いセダンの中に、荷物ごと飛び込みました」

「白いセダンね、すぐ追いつくわ」

思い切りアクセルを踏んで、リタとハンドは二人、追跡を始める。

「見つけたわ。そこを右に曲がるつもりね」

白いセダンの後を追って、右に曲がるリタ。だが右に曲がると白いセダンは突然消えてなくなる。リタはありえない光景に目を見張る。

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