第8話 不思議なクレーム

ダウンタウンに立ち並ぶ構想マンションの一室。

雑然とした部屋の中、数人の若者が、パソコンに向かい、何かを一生懸命作業している。一人の若者が興奮して声を上げる。

「すごい、アレン、今日も一億いくぜ」

アレンと呼ばれた若者は抑え気味に話しかけた。

「まあ尻尾を出すとまずい。今日はこれくらいにしておこう」

「ハハ、アレン、もう一軒、もう一軒だけな」

アレンのパソコンの画面に住宅地の地図が映り、その中の一軒の家が点滅している。それと同じ地図をナビで見ながら運転するリタ。コリンズおばあちゃんの家に滑り込む。

おいしそうな紅茶と手作りのお菓子、おばあちゃんとリタが座って向き合っている。うしろにシドもいる。

「というわけでね、もう5通も息子からメールが届いてるんですよ」

「そのメールの中にお金を送ってくれとあったので、不審に思って旅先の連絡先まで連絡を取ったわけですね。」

「はい指定された通り、自宅のパソコンから画像通信でアクセスしました。すると、確かに旅先の風景をバックに本人が現れ、手を振りしゃべり始めたのです。どう聞いても間違いなく息子なんです。試しに本人しか知らないような昔住んでいた場所や、私の生年月日を聞いても、ちゃんと答えるんです。それで、急いでお金を送ってくれないと、旅先で大変な事になるって繰り返すんです。でも……」

「でも、実際の息子さんはまちがってもフロリダには行ってない。急に下痢を起こして、2日前に家に帰ってきて、今隣の部屋で寝ているってわけなんですね」

半開きのドアの奥で、横になっている息子が寝たまま手を上げる。

「息子は確かに家にいる。じゃあ、旅先の画面の息子は何者なの?パソコンを直してもらったと思ったら、こんな気味悪いことになって。息子の幽霊に出会ったような気分で……。それとも警察に知らせたほうがいいのかしら」

「いいえおばあちゃん、うちで責任もってアフターサービスをさせてもらいます。ねえ、シド、どういうことなの?」

「バーチャルなりかわり詐欺か、最近ネットを使ったそんな詐欺があるって聞いたよ。ちょっと待ってな、ドクターとイネスに相談してみる」

後ろで小声で携帯で連絡するシド。

「おい、リタ。ちょっと手伝ってくれ。ハンドの出番だ。」

「おばあちゃん待っていてね。すぐ来るから」

四駆に乗っているハンド、シドが、トランクからアタッシュケースを取り出し、開けるといろいろな腕が入っている。

「アナライズハンドを使う。これは初めてだったな」

ハンドはいろいろなボタンやセンサーのついた腕を選び、すばやく右手と交換する。パソコンの前に一人座るコリンズおばあちゃん。少し離れたところでリタとシドとハンドが見守る。おばあちゃんは小さなマイクのようなものを持っている。パソコンからは一本の線が伸び、ハンドの右手につながっている。リタが目で合図する。おばあちゃんがパソコンを操作する。パソコンの画面には本物そっくりの息子が映りしゃべり出す。

「バート聞こえるかい、母さんだよ。どうだいそっちの様子は」

バートと呼ばれた息子は、海風に吹かれながら親しげに答えた。

「フロリダは曇りだけど、かえって過ごしやすいねえ。母さんも元気そうでよかったよ」

「例のお金の件だけど何とか融通できそうだよ。それで悪いんだけど、振込みの方法をもう一度教えてくれないかねえ」

「ああ、いいよ。今度はちゃんとメモしてくれよ」

その時、ハンドの右手のセンサーが光り、かすかな電子音が出る。

「確定した。間違いない。あと15秒後に信号を送る」

シドがそれを聞いて、急いで連絡を取る。

「イネス、シドだ。ハンドの分析が成功した。そっちも同時にサーチをかけてくれ」

リタがコリンズおばあちゃんに目で合図を送る。

「バート、最後にひとつだけ聞いてほしいことがあるんだよ」

「何だい、母さん」

コリンズおばあちゃんが、手にしたマイクのようなものを画面にかざす。そこから信号音のようなものが流れる。その瞬間画像が乱れ、息子の画像はさまざまな人物の画像と混ざったようになる。


アレンのアパートで警戒シグナルが鳴り響く。パソコンの画像が乱れ、若者が叫ぶ。

「まずい、逆探知かけられたぞ」

アレンが立ち上がる。

「急いで回線を切れ!」

部屋の中、騒然となる。奥に上半身だけのアンドロイドが作動している。


コリンズ家の庭先に、四駆がゆっくり進み出る。

シドが自信たっぷりにコリンズおばあちゃんに告げた。

「もう平気です。二度と妙なメールは来ませんよ。こちらから責任を持って警察に届けますからご安心ください」

リタが四駆に乗り込みながら言った。

「おばあちゃんよかったね。また、何かあったらすぐ知らせてね」

胸をなでおろすおばあちゃん。

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