第7話 便利屋対社長
二ヵ月後、ここは公園前の大通り。
上下のつなぎの作業服に短髪のリタが、車を飛ばし、荷物の配達をする。
そして便利屋サムに到着する。修理をするソロモン博士から、家電を受け取るリタ、イネスに住所を聞くと、大型モニターに集配の最短ルートが浮かび上がる。お礼を言って、車に乗り込む。助手席のシドと何か言い合いをしながら、思いっきりアクセルを踏むリタ、冷や汗のシド。交差点では、やはり配達途中のモリヤとエルンストと出会い、窓からハイタッチ。
目的地について、ハンドが荷物を担いで、お客さんに渡す。人々の笑顔。
流れる汗をぬぐい、次の集配場所に向かうリタ。町並みが光って見える。
離着陸する大型旅客機。空港である。大勢の旅行客が行きかうロビー。あのテロ事件があってから、搭乗手続きはさらに厳しくなり、みんなうんざりしている。
乗客の数人が、大きな声でぼやいている。
「まいったよ。海外のお土産がひっかかって、2時間だ」
「オレなんか、気分が悪いだけなのに、怪しまれてCTスキャンかけられたぜ。たまったもんじゃない」
空港の1フロア
これから輸入される動物が検疫を受けるために集められている。そこに、黒い鞄を持った怪しい男が、きょろきょろしながら何かをしている。もの悲しげなオランウータン、凶暴なオオトカゲ、猛獣や、毒蛇なども見られる。
「さあ、お前たちから自由を奪った人間たちに、思い知らせてやるのだ!」
そして、ちいさなカゴをとりあげ、中を覗き込む。なかには、実験で使うようなラットが動いている。
「さあ、美しきドブネズミたちよ。おまえたちの新しい住処を紹介しよう。この素晴らしい街すべてがお前たちを温かく迎えてくれるぞ。」
黒い鞄の男は不気味な笑みを浮かべた。
便利屋サムの事務所では、配達に行っていたリタがシドとともに、元気に帰ってくる。
イネスが温かく迎える。
「お帰り。到着時間に合わせてコーヒーを入れておいたわ。インドネシアの有機栽培の豆よ」
「ありがとうございまあす。遠慮なくいただきます。イネスさんのコーヒー最高!」
シドも表情がゆるむ。
「これがどこの店より完璧にうまいんだ」
そのとき突然ドアが開く。まさかのマービンとリーガンが入ってくる。
「ここが便利屋サムねえ。へえ、設備だけは立派じゃないか」
イネスが、冷静に応対する。
「ああ、さっきお電話のあったマービン電気の方ですね、何の御用ですか。」
「これは失礼した。マービン電気商会の社長のマービンだ。こっちは技術部長のリーガン。なんでも安い値段で家電製品の修理をするもぐりの店があると報告を受けて調査に来たんだが…。」
失礼なマービンの態度にムッとするイネスやシド。だが、リタはコーヒーをすすりながら顔をふせる。
「あれ、レベッカの親父さんじゃ?これはめんどうなことに……」
イネスが、書類を出しながら話す。
「もぐりというのは何かの間違いですわ。ほら、役所の届けもきちんと済ませてありますし、登録許可証もいただいております」
「ふむふむ、いやあ失礼なことは十分承知なんだが、真相を確かめることも大事なんでな」
リーガンは、書類に急いで目を通す。
「社長、これはきちんとした届出のようです」
「ウォッホン。だがご存知の通り、この行政区では家電の修理には安全確保のため難しい資格試験が必要なのですよ。8年前の中古家電による爆発事故をご存知かな。あれ以来規制が厳しくなってね」
するとマービンはカバンからリストを取り出す。
「この地区で登録されている技術者全員の名簿です。でも今このリストにある技術者は全員、私のチェーン店に在籍していましてな。いったい、この店ではどなたが修理を担当しているのですか」
すると奥のドアが開いて、ソロモン博士が顔を出す。
「修理を担当しているのはわしじゃが、何か用かね」
「私たちは高い研修料を払い大学の研修室に通い、技術を磨き、ようやく試験に合格した者だけが修理を行っているのです。あなたは合格者名簿に名前がありませんな、どうです」
すると、ソロモン博士は苦笑した。
「名簿に名前が無い?あたりまえじゃ」
「おもしろい、名前が無いことを認めましたね」
だが、勝ち誇るマービンの横でリーガンは冷や汗をかきだした。
「あれ、この方は……社長、この方は……」
ソロモン博士は余裕たっぷりに答えた。
「名簿に名前があるわけがない。なぜなら、大学に研修に来た技術者たちに、合格を出したのはわしじゃからのう」
「はあ、何だって」
リーガンがあわててしゃべりだした。
「この方は、工学部の学部長だった、ええっと……」
「ソロモン教授じゃ。この行政区では、家電審議会の審査委員長、並びに家電の技術顧問もやっておるぞ」
リーガンが頭を下げ、そそくさと帰りの支度を始めた。
「失礼しました。おじさん、もう返りましょう」
しかし、マービンは悪びれず、にこやかにしゃべり続けた。
「いやあ、知らぬこととはいえ失礼した。いやあ、設備も立派だし、そうなんじゃないかと思っていたんだよ。ところで、…うちのチェーン店になる気は無いかね」
イネスがほほ笑みながら、きっぱりと答えた。
「まったくありません」
「いやそうだろうね、おじゃました。じゃあまた」
リーガンに引っ張られながらマービン社長が去って行く。
苦笑するみんな。シドがリタの顔色をうかがいながら聞いてきた。
「リタ、おまえ、あの親父を知っているみたいだったなあ」
「親友の親父さんで、この辺じゃ有名な欲張りのやり手社長よ。子煩悩で悪い人じゃないんだけど、私が商売敵にいるってわかったら何を言われるのかわかったものじゃないわ。それよりドクター、そんな有名な教授だったんですか」
するとソロモン博士が、リタを見ながら話し出した。
「ちょうどよい、わしが何でこの店にいるのかはっきりさせておこう」
「博士、今言わなくても……」
だが、シドが止めるのも聞かず、ソロモン博士は、近くのモニター画面に昔の映像を映し出した。
大学の大きな研究施設が映る。たくさんの技術者たちと研究している博士の姿などが映し出される。コンピュータのチーフを務めるイネス女史も傍らにいる。なにを研究しているのだろうか?見ていると、何体かの精巧なロボットが奥に見えてくる。そこに重なる博士の言葉。
「わしはツァイスという海外の巨大企業の財団から多大な研究資金を受け、ここ15年ほどロボット工学、特に電子知能の研究を行ってきた。今、事務をやってもらっているイネス君は研究室で私の右腕として手伝ってくれた優秀なコンピュータプログラマーだ。ところが数年前、人の頭脳をコピーして実用化するコピーブレインに成功してから、おかしなことに気づいた」
「おかしなこと……?」
「こっちの映像を見てほしい。国際警察の極秘映像だ。」
薄暗い通路で銃を構えるシドが映る。国際捜査官として犯人を追い詰めるシドの映像だ。物陰の犯人がは反撃を開始する。なぜか暗いのに犯人は正確にこちらを狙ってくる。だが、銃撃戦のすえ、シドの一発が決まる。犯人を倒し、近付くと、なんと正体は精巧なアンドロイドだったのだ。さらにその頭部の製造番号がアップになる……。
シドが続けた。
「ちょうどその当時、人間にそっくりなアンドロイドの犯罪がいくつも起きてね。人間の中に入っても分からないような非常に高度なテクノロジーが使われていてね、いったいどこが、こんな優れた電子頭脳を開発したのか謎だったのだ。ところが、国際警察にいたおれがとっ捕まえた犯罪アンドロイドの電子頭脳の製造番号は、間違いなく博士のところで作られたものだった」
ソロモン博士が厳しい表情で続けた。
「疑惑を感じた私はイネスに頼んで財団の保管庫を調べた。すると研究の途中で作られた数十体の人工知能が勝手に持ち去られ、悪用されていたのじゃ。そこで私はシドの力を借りて研究室にあった設備とアンドロイドをひそかに運び出し、身を隠したのじゃ」
「ツァイスは国際的な大企業だが、その裏で軍事産業をはじめ、闇の取引をしているのだ。そのリストの中には今度のクリーチャーボムを作り出したテロ組織のソドムも入っている」
シドの言葉に、リタが目を丸くした。
「じゃあ、まさか」
「ツァイスは金になることなら何でも引き受ける。わしの研究所から持ち出された人工知能が、今回の犯罪に関わっているのは、まず間違いないじゃろう」
シドがリタを静止させた。
「もちろんツァイスはすべての犯罪へのかかわりを否定。こちらの捜査にも何も証拠も出てこない。でも犯罪への関与は間違いなく、博士の命も狙われている。今、博士は正確に言うと、国際警察の保護下にある。だが、博士は自分の人工知能がこれ以上犯罪を犯すことの無いよう、捜査に協力したいというのだ」
「そう、そこで、この便利屋を隠れ蓑にしているのね」
ソロモン博士は、静かに立ち上がった。
「君に伝えることはまだまだあるのだが、今日はこの辺にしておこう」
シドが付け加えた。
「いつ、このアジトが見つかって、ツァイスの殺人アンドロイドが襲ってくるかもしれない。ここはそんなところだ」
「覚悟の上だわ」
「さてさて、マービン電気に負けないように働かんとな」
その時、イネスが、パソコンを見ながらつぶやいた。
「あれ、お得意さんのコリンズさんからクレームが来ているわ」
「コリンズのおばあちゃん、パソコンが直ってあんなに喜んでいたのに。妙なメールが入るですって?新型のコンピュータウイルスかしら」
ソロモン博士は首を振った。
「おかしいのう、強力なセキュリティをかけておいたからそんなことはないはずなんじゃが」
「私、行ってくる。シド、一緒に来て」
「ちょっと待て、まだコーヒー飲み終わってねえんだよ」
リタとシド、あたふたと出て行く。ハンドものっそりと付いて行く。
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