第2話 ハッピーバースデー
それから数か月後…。公園につづく高級住宅地の中を、花屋のトラックが美しい花を積んで走って行く。明るいショッピングセンターは親子連れでにぎわい、街路樹が茂る歩道では犬を散歩する人々の笑い声がこだまする。花壇に咲き誇る花。街は今日も平穏に朝を迎える。
高級住宅地の一角にイギリス風のガーデニングで彩られた家がある。今日で25歳を迎える、リタ・ラウリーの家だ。
誰かが戸口に立つ、ドアベルが鳴る。母はパーティー用のご馳走を作っていて手が離せないようだ。
「ごめんなさい、誰か出て、キースお願い」
弟のキースは、椅子にのぼって誕生日の飾り付けをしていて、これまた手が離せない。
「ちょっと僕もだめだよ、おねえちゃん、お願い」
庭仕事をしていたリタが玄関にかけつける。玄関には見知らぬ作業服姿の男が二人、チラシを持って立っている。やせた眼光鋭い男と中国人風の男だ。
「ハイハーイ、あら、セールスならお断りよ」
すると、やせたほうの男が、テキパキとチラシを手渡した。
「いえ、今度このすぐそばで開業しました便利屋サムです。よろしくお願いします」
「便利屋って」
「ええっと、家電の修理から、ゴミの分別後始末、庭の手入れから、逃げた犬の捜査まで、何でもやりますよ。腕は確かですから」
「へえ、何でもねえ…。あ、けっこう近いじゃない。いいかも。とりあえず、今日は間に合っているわ。今度よろしくね」
「へへ、ぜひ、ごひいきに」
やせた男が、チラシを説明し終わると、中国系の男とともに去って行く。リタはチラシにもう一度目を通す。
母の声が聞こえてくる。
「誰だったの?」
「今度あの古い工場のあとに、便利屋さんが開業ですって。壊れた家電製品なんか安く直してくれるって」
「あら、今度レンジを見てもらおうかしら。ねえ、リタ、もうすぐお父さんが来ちゃうから、こっちを手伝ってくれる?」
「ハーイ」
やがて父親も帰宅し、誕生パーティーが始まる。
クラッカーが鳴る。パーティーのご馳走、誕生日プレゼント、飾りつけ、バースデーケーキ、父親も食卓を囲み、家族四人で幸せな誕生パーティーだ。
「リタの誕生日を我が家で祝うのも、これが最後になるかもしれないなあ」
「やだ、パパったら、私はまだお嫁になんか行かないわ」
「去年も、その前も、飛び出したっきりで誕生日にはいなかったんじゃなかったかしら」
「そうだっけ。ごめんね、ママ。いつも忙しくって。でも頑張ったおかげで、目標にしていた資格や、大型の免許もとれたし、もうすぐ夢もかないそうよ。」
「まあまあ、今日は久しぶりに家族4人揃ったんだ、よかったじゃないか。実はお父さんのほうも研究がひと段落してな、みんなにお土産があるんだ」
「リタもお父さんもご苦労様ね。ほら、キース、お父さんからお土産があるそうよ。キース、何を見ているの?」
キースはいつの間にか、テレビに見入っている。
「大変だよ、テロ組織の新型爆弾だってさ」
テレビ画面がアップになる。
アナウンサーが緊張した顔で何かを言っている。
「ということは、この爆弾はあらゆるセンサーに反応しないという事ですか」
解説者が、神妙な顔で説明している。
「はい、人間や動物の細胞を元に作られているので、皮膚や体内に埋め込んでおけば、体細胞と一体化してしまうのです」
「それを体から分離して、どうなると爆発するのですか」
「栄養分のある土や、液体、場合によっては生ごみのようなものでも可能ですが、その中に入れて数時間から数日培養すると、成長して爆発物になるのです」
「細胞が爆発するのですか」
「直径数十センチほどのキノコのように成長し、表面が鉱物のように硬くなります。それでもすごい勢いで内部が増殖し、爆発物質が蓄積されます。内部の温度と圧力が高まり、最後に爆発するのです。その破壊力はTNT火薬のおよそ……」
それを見ていたキースが小さくつぶやいた。
「あれ、このキノコ、どこかで見たような気がするなあ」
キースの言葉に、両親は顔色を変えた。
「ええ、何ですって、大変なことよ。よく思い出して!」
「クリーチャーボムか、気づかれずに我々の日常に入り込んでくるとんでもない爆弾だぞ。」
解説者は、エイリアンのような化け物のイラストを出し、さらに続けた。
「ご覧ください。肉の塊から人間のような手足が生えています。これはイメージイラストですが、爆発後に飛び散った細胞が増殖して、人に襲いかかったという事例が……」
「やだあ、せっかくの誕生日なのに、キース、テレビ消してよ」
「ハアイ」
リタの言葉にテレビはブチッと切られ、画面は消えた。母が取り繕って、話題を変えようとしゃべりだした。
「そうそう、お父さんからのプレゼントだったわ」
「そうよ、まったく。わあ、すてき、何ていう宝石なの、こんな大粒の……すごいわ」
「なんてみごとなの。リタ。お父さん奮発したわね」
「ありがとうパパ。ちょっと部屋に行って、早速つけてみるね」
微笑む両親をあとに、リタはプレゼントを大事そうに持って、階段を駆け上がる。鏡の前で、宝石を着けるリタ。
その頃、庭の花壇の隅でクリーチャーボムのキノコが数個膨らんでいる。
「お父さん、ありがとう……」
その時、窓の外、遠くの公園の方で爆発音が聞こえ、黒い煙が上がる。
「あれ、今のは爆発、まさかね。それとも花火かしら」
次の瞬間、今度はすぐ近く、リタの後ろの窓の外で大きな爆発。衝撃でリタも投げ出され気を失う。どのくらい時間がたったのか、遠くで救急車のサイレンが鳴る。リタはハッとわれに返る。
「いったい…何が…。そうだわ、パパ、ママ、キース!」
よろよろしながら階段を下りていくと、1階の壁は吹き飛んで粉々になり、両親と弟が家具の陰に倒れている。
「パパ、ママ、キース!そうだわ、救急車……」
家の電話を探すが、コードがちぎれて使えない。携帯でかけまくるが、一向につながらない。いらだつリタ、ところが足元に散らばった増殖細胞がアメーバのように動き出し、リタの足元にゆっくりと迫ってくる。
「パパ、ママ、キース、え、何、これ?」
振り返ると、庭の物陰から中型のボムモンスターが2体姿を現し、ゆっくりとこちらに迫ってくる。肉塊から突き出た手足が、どんどん増殖して伸びて変貌していく。リタの叫びが、廃墟となった家に響き渡る。
「きゃああああああ!」
軍の格納庫
扉が開き、兵士たちが次々と乗り込む。装甲車や特殊処理班の車両も始動する。軍の通信が兵士たちの上に響き渡る。
「監視カメラの映像によると、2日前にこの地区を回った花屋の軽トラックが、何らかの関与をした模様。一度目の爆発の後、すぐ近くの住宅地で2度目の爆発があり、誘発された可能性もある。これから爆発するかもしれないクリーチャーボムが、S地区の周囲に複数あると思われる。この地区全体を緊急封鎖、住民をすみやかに避難させよ」
サイレンが鳴り響き、騒然とした街。逃げ遅れた人々が息せき切って避難していく。警官がひとり道路に出て、避難する人々を誘導している。そこに、死にそうに息を切らしてリタが駆けてくる。
「おまわりさんお願い助けて、怪物なの。爆発で飛び散ったかたまりが動き出したの」
「怪物?何をそんな馬鹿なことを言っているんです。すぐ、避難してください」
「違うのよ。早くしないとパパが、ママが、弟が死んじゃうのよ。食べられちゃうのよ。お巡りさん、すぐ来て、助けてください」
「私は住民の方々を避難させているだけで…。こっちも人手が足りないんです。あなたもすぐに避難した方がいい。」
「早く助けてくれないと家族が、家族が! ああ、どうしたらいいの」
だが、警官はまるで他人事のように、言葉を繰り返すだけだった。
「ここは非常に危険です。みなさん避難してください」
警官は、避難する住民たちと一緒に、リタを無視して行ってしまう。地面に突っ伏して、嘆き悲しむリタ。と、その時、便利屋サムの看板が目に入る。ふと思い立って、便利屋のドアをたたくリタ。
「お願い、誰かいないの? 便利屋なんでしょう、何でもするんでしょう」
ドアが開いて、あのやせた男、シドが顔を出す。
「おい、お嬢ちゃん、今、緊急避難命令が出てんだぞ。フラフラしていると危ないぞ」
「私の家でクリーチャーボムが爆発して、しかも爆発した破片が怪物になって、襲いかかってきたのよ。お願い、お願い、私の家族を助けて」
「まさか……。おやっさん!」
扉の奥から、初老の男と中年の女が出てくる。
「な、なんと!イネス、この娘は第2爆心地からのお客さんに間違いないな」
するとイネスと呼ばれた女性はリタを見つめ静かに答えた。
「ラウリー教授の娘さんのリタ・ラウリー、今日で25だったわね」
「なぜ私のことを知っているの?あなたたちはいったい……」
「シド、モリヤとすぐ行け。念のためハンドも連れて行け」
「ハンドも?でもやつは……。わかりました、すぐ直行します」
扉の奥から、身長2m近い大男が出てくる。無表情で、一言も話さない。シドとモリヤが四駆に乗り飛び出してくる。なにやら武器を運ぶのだという。ハンドはフワッと飛び乗る。
リタが叫ぶ。
「待って、私も行くわ」
リタも飛び乗る。みんな無口で風を切って家に向かう。もう付近に誰もいない。
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