猿夢列車と死にたい子

死にたい。



今日もずっとそんなことが頭の中で回っている。

そりゃそうだ。

私は本当に不愉快な事件に巻き込まれた過去がある。

今もまだ、心の傷が治らないんだ。

それどころか、日が経つごとに痛みが増していくのが辛い。

そのことしか考えられなくなったから。



いじめ。

それはこの世から決してなくならない。

それが人間の心理。



だから、こんな世界なら、私は死んでしまった方が楽だよ。

今宵は公園で眠ろうか。

冷めてしまっても構わないから。

誰にも見つからないしげみでさ。


……何も怖くない。

例え、怪奇現象が今、私に降りかかったって。


これは、とある都市伝説と、死にたい人間の少女のお話。







***







夢を、見た。

公園のしげみから、一気に風景が変わった。

だから夢だと思う。

いくら私でも、電車のホームでは寝てないよ。



錆び付いたホーム。

真っ暗。

これ、仮に夢で線路に落ちて自殺したら現実でも死ぬのかな?



そんなことを考えていると、どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。


『……えー』


びっくりした。

でも、何も怖くないんだよ、私は。


『間もなく電車が来まーす。その電車に乗るとあなたはー、怖い目に合いますよー。』


……このアナウンスが流れてくるっていう夢、聞いたことが、ある。

どこかで。


これはただの夢ではない。

猿夢……だ。


猿の絵が描かれた電車が来た。

猿夢への恐怖よりかは、断然「線路に落ちて死ねなかった」という後悔の方が心にあった。




……結局、乗った。

だって、この夢を見たら、最終的に……


『……次はー。いけづくりー。いけづくりー。』


「……ほら、来た」


思わず独り言を言ってしまった。

突然、たくさんの小人が刃物を持って現れた。

そして、私の隣の隣の人が……


「……。」


……あまりにも残酷すぎる風景なので、目をそらした。

でも、私もこうなるんだ。


『次はー。えぐりだしー。えぐりだしー。』


早く私の番が来ればいいのに。

もっと、スピードを上げて殺してよ。

そして私のお待ちかね。



『次はー。挽肉ー。挽肉ー。』



これで私は挽肉になれる。

良かった。死ねる。

この世界から別れられるんだ。



『……抵抗しないんですかー。死にたいんですかー。』



うん。死にたい。

覚悟を決めて、目を閉じた。

ほら、私は逃げないよ。

前に迷いこんで来た人間みたいに逃げないから。

どうかその手で、殺して……



『……小人さん達ー。とりあえず撤退して下さいー。』



……何で?

何で何で……?

私を殺したくないの?ねえ?

それが猿夢じゃあ……



『お嬢さんはそこで待ってて下さいなー。』



……はは……あはは……。


……もし車掌がこっち来たら、文句を言ってやろ。







***







……待った。

車掌がここに来るまで。

文句を言わなきゃ。

どうして私を殺さなかったのか。


「……おまたせしましたー」

「車掌……!遅いよ!」


やーっと来た……。

遅いぞと、車掌を思いきり睨んだ。


「まあまあ、落ち着いて下さいなー。あまりに悪い子だと僕の友人に八つ裂きにされますよー。」

「私は悪い子だよ!だからここで殺して!友人に渡さなくていいから!ここで殺してよ!ねえ!どうしてあの時殺さなかったの!?」

「あー……それはですねー。」




……衝撃の一言が返ってきた。




「……猿夢列車のお客様を逃がしたくなかったからですよー。」




……目眩がした。

何言ってんの?

ってかみんなこんな馬鹿の被害者になってるの?

人間の方が頭おかしいの?


「え……待って。今度はあなたに待ってもらう。ちょっと質問をさせて。」

「はい、構いませんよー。」

「……猿夢列車のお客さんを逃がしたくない理由って何?」

「そりゃー殺れないからに決まってるじゃないですかー。」


ニヤッと笑った。

あっ、コイツSだ。と思った。


「え、じゃあどうして私を殺さないの?」

「逃がしたくなかったからですよー。」


……何これ。

え?夢の世界の住民ってこんな感じなの?

イカれてんの?

ハハッ!とか言っちゃうの?

いや最後のはこの人(?)の気怠げそうな調子からして言わないだろうけど。


「……意味が分からない。今すぐ殺せばいいのに!私逃げないよ?絶対逃げないよ?死にたい子だよ?猿夢のいい餌食だよ?」

「抵抗しない子は餌食じゃないですー。全然おいしくないですー。」

「じゃあ逃がせよ!」

「逃がしたくないんですよー。」


会話が成立しない。

全然成立しない。

ついでにサラッとカニバリスト発言したし。

何でだよ畜生。


「とりあえず、私はあなたが私を殺すまでこの列車にいるから!ふんだ!」

「いいですよいいですよー。好きにして下さいー。」


……あのねぇ。


「はー。……あっ、まだ殺ってない人もいるんですよねー。忘れてましたー。今からでも殺っちゃいましょー。」


忘れんな忘れんな。

ってか私と車掌が話している間、お客さん絶対困惑してたし……。

そして去っていく車掌。

しばらくして再び鳴り響くアナウンス。

また今日も猿夢列車の標的がこの世を去っていく。




……もし車掌の頭がもうちょっとだけでも良かったら、私も今頃あの人達みたいに死ねたのに。

どうしてこの世から逃がしてくれないの……?




「……お嬢さんー」

「……何よ、この猿!」

「僕が猿なのでなく、列車に猿の絵が描かれていたから"猿夢"って名前がついたんですけどー……。」

「あーあー分かった!分かったよ車掌!何よ車掌!」

「コーヒー、飲みませんかー?」


車掌が持っている物は紙コップ2つ。

コーヒーが、それに入っている。

私に差し出すのは片方のコーヒー。

……どこから出てきたんだか。

そう思いつつも、とりあえず車掌が差し出す方の紙コップを取って、ほんのちょっと、飲んでみる。

毒かもしれないしと一口だけ……


「……苦!?」

「あっ、お嬢さんはブラックが苦手なんですかねー?」

「車掌は飲めるの!?こんな苦いやつ!」

「もちろん、いつもブラックですよー?」


そう言って車掌は、もう片方のコーヒーを飲み始めた。

車内には私と車掌の2人きり……

……あ、小人もおったな。

忘れてた忘れてた。


「……ねえ、そーいやこの列車どこに行くの?もしかして地獄?私が死ねる場所?」

「どんだけ死にたいんですかー……。まあ、色んな所を行きますよー。僕のアナウンスはお客様の死因ですが、ここ夢なので皆さんの記憶を結構どこにでも行けるんですよねー。」

「脳内をグルグル回ってんだ……」

「でもこの列車にかかれば夢と現実の出入りも案外簡単ですよー。」

「……!」

「現実でだと普通に人間を運ぶんですけどねー。まあ大抵人間じゃないお客様が多いんですけどねー。」


……あの公園でずっと寝てたら……多分、いつか見つかる。

だったら1回この夢を覚まして現実で私を運んでいってもらうのがいいか?


「……現実で逃げたいですかー?」

「へっ!?う、うん……まあ……」

「じゃあ、現実の身体に一旦戻ってもらって、それからその身体を猿夢列車に乗せて次元の隙間を潜り抜けていく、というのはどうでしょー?行く宛はノープランですがねー。」




……行く宛はノープランでも、すごいなこの列車!?

そんな感心をよそに、車掌はニヤリと笑ってこう言いやがった。




「ただし、条件付きですよー。」






※元のタイトルも『猿夢列車と死にたい子』です。

ここで終わるとバッドエンド感がすごいな……。

本来はまだ続く予定だったが。

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