第6話 恋愛とかは


 葉っぱのカーテンを貫通するほどの日差しでも、少し風の通るこの中庭はやっぱり学校のオアシスだろう。そんな場所を独占してお昼を食べているなんて僕は王様にでもなったんじゃないだろうか。といつも思う。


「ふーん。そんなことがあったのね。深瀬さん?って子には申し訳ないことしたわ。」


「知らないの?」


「顔も覚えてないわ。」


 一連の流れを聞いた彼女は、ベンチに座り足をパタパタさせながらメロンパンを食べ始めた。


「……っていうかなんで赤坂さんもここで食べてるんだよ!なんかメロンパン食べてるし!」


「別にいいじゃないのよ。あんたが昨日ここの良さを熱弁してたんじゃない。まさか独占するつもりじゃあないでしょうね?」


 笑っている。脅しだ、これは刑法なんとか条に引っかかるやつだ。


「それにね、あんたの能力を調べなきゃいけないって理由もあんのよ。忘れたとは言わせないわ?」


「……まぁ、いいけど。」


「まあでもさっき言った通りだから放課後は赤坂さん一人で帰ってていいからね。」


「なんでよ。」


「いや、今日こそは深瀬さんに迷惑かけられないし、ちゃんと仕事しなきゃいけないんですよ。だから放課後は昨日みたいな変なことしないでくださいよ?」



 久しぶりに赤坂さんに力強く意見を言った気がする。


「……。」


 YESとNOのちょうど間くらいの顔をしていたから、当然何かを言うと思った。が、結果としては彼女からのおとがめはなかった。


「そろそろ昼休みも終わるから、教室に戻ろうよ。たしか次体育だっけ?着替えなきゃね……。」


「そうね。」


 高校入学から二年と一ヶ月。ようやくまともに人と昼休みを過ごしたからか、二人で教室に戻るというのでさえも僕にはイベントなのかもしれない。



 ◆◆◆◆◆



「……くんっ、……岡目くん!」


 六限、HRを眠り倒してしまった僕を起こしたのは、背中からの聞き慣れない女子の声だった。


「……ん。あっ!やばい!日直の仕事!!」


「大丈夫だよ!今からやりましょう!」


 そこには深瀬さんが立っていた。


 突然のことで状況を把握するのが遅れてしまったが、どうやら、もうこの教室には僕たち二人しか残っていないらしい。


「ごめんね……、もうみんな帰ったのかな。」


「うん。もうみんな出てったよ。結構時間も遅いし。」


 そう言われてはじめて時計を確認すると、なんと十六時をまわっている。


「……じゃあ、仕事やっちゃおうか!」


 日直の仕事はそのほとんどが雑務だ。掃除、戸締り、日誌をつけるなどの簡単な作業を当番制にして、クラス全員が均等に仕事をするようになっている。


 僕たちは作業を淡々たんたんとこなし、十数分で全ての仕事を終わらせた。


「……あとは戸締りして帰るだけだよ!」


「ホントにありがとね深瀬さん。」


「いいよ!……日誌出してくるからちょっとここで待ってて!」


 

 そう言って彼女は教室を出て行った。


 

 ふと彼女のバッグを見ると、アニメキャラクターの小さいストラップがついていた。クラスで一番成績が良いからてっきり勉強以外に興味がないと思っていた。彼女も普通の女の子だったんだ。


「お待たせー!!じゃあ帰ろうか……。」


「……え?あ、うん。」


 時間的にも一人で帰すのは危ないだろう。と頭の中で繰り返しながらこのイベントをどうにか正当化しようとしていた。


 

「えーっと……、もう暗いね。」


「そうだね。」


「……で、でもまだ暖かいね……?」


「そうだね。」


 いつも色んな理由でこの三百メートルは長いなと感じているが、今日今までに一番長い気がしている。


 深瀬さんとの身長差でギリギリ彼女の顔が見えないのも問題だ。まともに女子と帰ったことがない僕は一体何が正解なのかわからず、とりあえず手持ちのデッキを総動員させた。


「岡目くん。」


 さえぎるような声。


「あ、はい!な、なに?」


「岡目くんって彼女とかいるの?」


「……?いないけど……?っていうかまともに話すような友達もいないんだよね僕。あはは」


 口を開けば自虐しか出てこない自分が情けない。


「好きな女の子も?」


「うーん。恋愛とかはあんまよくわかんないや。」


「……赤坂さんとかは?」


 一定のリズムで歩いていた彼女の足が止まる。


「え?赤坂さん?いやー、ありえないありえない。知ってる?あの人みんなには普通にしてるけど、裏ではめっっちゃ人使い荒いんだから!もうホントに。」


「そうなんだ。」


 その瞬間、深瀬さんと目が合ったような気がしたが、実際のところ暗くてよくわからなかった。


「じゃあ、私こっちだから!」


「あ、うん。じゃあね。」


 終わってみれば、彼女との時間もほんの短い時間の出来事だった。


――帰るか。


 コンビニで夜ご飯を買ってからそのまま家に向かった。

 



―――――――――――――――――――

4月15日 木曜日


なんか赤坂さんはいつもメロンパンを食べているような気がする。好きなんだろうか。


午後は学校で寝てしまった。起きたのはみんなが帰ってからだった。いったいどれくらい寝てしまったんだろう。


それはそうとやっぱり深瀬さんは優しい人だと思う。いろんなことに目をつぶってくれて本当に助かった。誰かさんにもその心の広さを見習ってもらいたいものだ。


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