第4話 負ける要素ナシ


――次の駅は……沼田……沼田。


 八千から三駅ほどの距離にあるここ沼田には大型ショッピングモール、フィットネスジム、映画館、アウトレットなどの人が集まる大型施設が密集している。


 学生が清く健全に遊ぶにはこれ以上ないような土地で、一体これからなにが繰り広げられるのだろうか。




「今日一日のルールを発表するわ!」


「あんまりひどいのは……」


「そこ!静粛に。まず基本的にルールは一個だけよ。それもとっても簡単なの。」


「は……はぁ?」


「私が許可するまで透明化を解いてはならない!これよ。先に聞いておくけど、あなたのその能力には時間の限界とかあるのかしら。普通こういうのって十分までとか限界があるじゃない?あとそうね、有効な範囲なんかも知りたいわ。」


 春先の涼しい風と一緒に、興奮した彼女の早口が流れていく。


「今まで二時間以上透明化になったことがないから正直わからないんだ。感覚的に限界はないと思うんだけどね。」


「まあ何かを消耗してる感覚があるなら二時間は持たないわよ。基本は無限と考えていいわね。範囲は?」


「僕の目の届く範囲内でしか確認出来ないけど、例えば大型ショッピングモールくらいならどこの階にいても認識はされないと思うな。ただ鏡には姿が映るからそれについては気をつけないといけないポイントだろうね。」


「ちょっと待って。」


 受け取った情報が彼女の頭の中でどんな風に巡っているのかについては、たとえIQ二百の天才博士でも理解し難いことだろう。


「わかったわ。今日のプランが決まったわよ。」 


 


 それからは散々な半日だった。


 まずは、見たくもない映画のチケットを買いスクリーンの目の前で変な踊りを強要された。彼女は最後列の真ん中、僕は最前列の適当なシートから上映中に度々スクリーンに飛び出して踊りもその都度つど違うものでなければならないという。



「あっはっはっっ……!あははは!」


 彼女笑い声だけが暗い劇場ホールに響き渡る。



 ほぼ二時間踊り続けた僕はヘロヘロになりながら、その足でゲームコーナーへと連行された。


「これで勝負よ!」


「こ……これはっ!」

 

 大人気モリオカートシリーズがゲームセンターで遊べるという体感アトラクション型の大型筐体「モリオカートアーケードグランプリDX」じゃないか!!


百円硬貨を二枚コイン投入口に入れる。


「先にニ勝した方が勝ちよ!もちろんあんたは透明化を解いてはならないわ!私はこのゲーム得意だからハンデとして好きな方を選ばしてあげる。」

 

「じゃあ右で。」


「負けた方はこの後のご飯奢りだから!」


 かかったね赤坂さん。僕はこのモリオカートにかけては絶対の自信があるんだ。いつか友達ができた時の為にと暇があればこのモリオカートの練習をしていたからね。しかもこの右のカートはこのゲームにおいて最強の性能だ。


――この勝負……負ける要素なしっ!


 そして一、二、三で戦いの火蓋ひぶたは切って落とされた。


「きゃあっ!なによこれ!全然進まないじゃない!」

 

 いきなりエンストか。

 

 このゲームにはタイミングよくアクセルを踏むことでスタートダッシュをして相手の先行をとることができるというテクニックがあるが、アクセルのタイミング次第ではエンストを起こしてカートが動かなくなってしまう。


「案外、大したことないね!赤坂さん……!」


 悔しさで今にも泣き出しそうな顔をしながらハンドルを操る彼女はとても幼く見えた。


「こ、今度はなに!?何も見えないじゃない!ちょっとあんた何とかしなさいよ!」


「それイカスミのアイテムじゃない?」


「なっ……なんなのよそれ!」


「イカスミのアイテムを誰かにぶつけられると一定時間前が見えなくなるペナルティがせられるんだよ。」


「ぜんっぜん、前が見えないじゃない!」


 ハンドルが壊れるんじゃないかってくらいの強さでボタンやらレバー達をガチャっている。



――実はそのイカスミを当てたのも僕なんだけどね。





「ゴール!!順位が確定しました。表をご覧ください。」


 頭上から丁寧なアナウンスが流れた。


 結果はもちろん僕が一位で彼女は最下位。人数合わせのためのコンピュータにも見事に大惨敗してしまっている。


「もう一回よ!」


「赤坂さん??もうリーチだけど大丈夫?」


「……くっ!な、なにも問題なんてないわ!あんたはお財布の中身でもチェックしてなさい!」


「それじゃあ二戦目……やろうか。」


 彼女にしては僕に弱いところを見せ過ぎているなと思いながら、前に人には向き不向きがあるんだぞという趣旨しゅしの本を読んだことを思い出していた。


――赤坂さんにも弱い部分があるんだな……。


 そんなことを考えていた僕を裏切るように、彼女が動き出したのはコースを一周回ったところだった。


「ちょっ、ちょっとー!全然上手くいかないじゃない!これ、どうすんのよー!!!」

 

 明らかに隣にいる僕に向けた音量ではない大声でプレイしはじめた。


「ちょっとー!!だれかー!!」


 彼女の声が無視できないレベルになってきたあたりで次第に周りに人が集まりだしたのだ。


 プレイに集中していた僕はそれを勝手にノイズと決め打ってしまったばっかりに、二周を過ぎた時には自分の後ろに沢山のオーディエンスができていることに気が付けなかった。



「……ん?」

「あれ?なんか隣の席の画面動いてね?」


 

 背中からのその言葉でやっと僕は彼女の作戦と、自分がその術中じゅっちゅうにハマってしまっていることを理解した。


――くそっ!人目ひとめがあるとこじゃプレイできないっ!!


 ひとりでに動くハンドルなんて見た日には僕の能力を知らない人は怪奇現象に驚くし、なんらかの手違いで僕が透明人間なことがバレてしまうかもしれない。


「赤坂さんっ、それは……ずるいよ。」


「なに言ってるか聞こえないわ〜?」


 後ろに聞こえないようなボリュームで話しかけた事は間違いないが、明らかにあなたの意見は聞き入れないわの方向だろう。



「ゴール!!順位が確定しました。表をご覧ください。」


 結局その後の二戦も僕はハンドルを動かす事ができなかった。かろうじて隠れている足元のアクセルだけを踏んではいたが所詮しょせん後の祭りに過ぎなかった。


「ふふーん!じゃああんたご飯奢りねっ?」


「わ……わかったよ。」


 今日、あと何度僕は肩を落とすことになるのだろうか。

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