第3話 ホントのホント。
「なに逃げてんのよ、あんた。」
普段から運度をしない息切れが激しい僕とは対極的に、涼しい顔をした彼女の視線は鋭い。
「……なんで追っかけてくるんですか。」
「あんたが逃げるからでしょ。」
先日の橋での件から考えていたことが今日でハッキリとした。前例が無いから頭の中では必死に否定しようと試みて、目を逸らしていたんだろう。
彼女には僕が見えている。
「赤坂さん……。まさか……僕のこと見えてるの?」
「なにわけわかんないこと言ってんのよ。そこにいるんだから見えてるに決まってんでしょ。」
あの橋で出会った時に僕の中の歯車は動き出していたのかもしれない。瞳孔が開いていくのがわかる。
「……」
「赤坂さん。僕、透明人間になれるんだ。」
「……」
考えるより口が先に動いていた。
「……はぁっ!?」
「なによそれ、ど、どうゆうこと?説明しなさいよ!」
「厳密には、人の目に映る状態と映らない状態の切り替えができるんだ。着ている服とかこの手に持っている弁当箱とかも一緒に透明化される。」
「し、信じられないわ、現に私にはあんたの姿も服も影も全部見えてるんだもの。」
彼女の怒った以外の顔をはじめて見た。焦っているような驚いているような、やっぱり怒っているような顔。
「
「ホントに?」
「うん。」
「ホントのホントに?」
「ホントのホントに。」
ほんの少しの間苦い顔をしたあと、諦めたかのように彼女は肩をおろした。
「おもしろい!!わかった。信じてあげるわ。」
「ありが……」
「だだし!完全にはまだ信じてないからね。あと、私にだけ見える理由も解明してみせなさい。必ず何か理由があるはずよ。今後はあなたを細かく観察するわ!」
腰に手を当てながら意気揚々と掲げた人差し指は、その好奇心と自信を天高く示している。
「うん、わかったよ。」
「そうとなったらすぐ検証よ!早く教室に戻るわよ!昼休みが終わっちゃうわ。」
彼女の瞳の光が一つか二つ、増えたように見えた。
校舎に入ってすぐ右にあるのはこの学校唯一の購買だ。昼休みになると全校生徒がこの通りに足を運ぶため、となりの奴の声が聞こえないほどに学生が集中している。
「まず手始めにここでやりましょう!」
「やるって、いったいなにをやるっていうの?」
「決まってんじゃない、制服脱いであっちの壁をタッチしてきなさい。」
それ以外の選択肢は存在しませんという顔で笑いながら僕のブレザーとワイシャツを引っ剥がす。
「ちょっと、待ってよ。見えないだけで触れることは出来るんだ。こんなに人が密集してんのに上半身裸の男が走り回るのはよくないと思うんだけ……」
「いちいちうるさいわね。見えないんだからいいでしょ。ほら、行きなさい。」
この女は悪魔の娘か。いや悪魔の素だ。
なんだか今日は走ってばかりな気がする。多少の接触は避けられないし、何かに当たって不思議そうに首を傾げる人達は申し訳ないけどスルーするしていくしかない。
「はぁっ……。はあっ……。」
「驚いた。ホントに見えないのね。」
「だから……そう……言ってるじゃん……。」
息を切らしながら服を着直す。さすがにとなりにあるベンチに座ろう。
「昼休みはもう終わるわ。今度は放課後よ。授業が終わったらすぐ準備して。」
嵐が過ぎ去ったように昼休み終了の鐘が鳴ると同時に彼女はE組へと戻っていった。
「はい。じゃあ今日はここまでー。日直の人は戸締りをしてから帰ってくださいねー。」
HRが終わったところで窓の外の太陽はもう沈むぞと訴えている。その手前にいる赤髪の少女はこれから大実験でも起こすかのような悪い顔をしているみたいだ。
――面倒なことにならなきゃいいけど……。
「さぁ……?行きましょう!」
「頼むから無茶な事はさせないでくださいね?」
「当然よ!な・に・も!心配する事はないわ!」
(訳 : 散々痛めつけてやるから覚悟してなさい!)
ものすごい物騒な目をしているが、今更逃してくれるはずもないと腹を
「岡目くんっ……!」
赤坂さんではない。普段呼ばれない自分の名前にビックリして振り返る。
「岡目くん……。」
「な、なんだ深瀬さんか……。どうしたの?」
目の前で見ると彼女の背の低さが際立つ。少し視線を下げて何故か赤らんでいる彼女のほうをみた。
「き、今日、岡目くん、日直なんだけど……。」
急いで黒板の方を見ると日直の欄にはしっかりと深瀬・岡目と書いてあった。
「ごめん深瀬さん、全然忘れてたよ……。」
「なにー?何かあったの?」
先に出ていた赤坂さんがドアまで戻ってくる。
「今日深瀬さんと一緒に日直なんだ。悪いけど赤坂さんの件はまた今度に……」
「そんなのどーでもいいわ!早く行きましょう!」
はじめて人にひきずられた。首根っこを掴まれるとこんなにも抵抗できないものなのか。
「深瀬さんっ!ごめっ……」
「あっ!岡目くん……。」
二人分の仕事を押し付けてしまった深瀬さんには、明日しっかりと謝っておこう。申し訳ない。
「あんた、漕ぎなさい。」
偶然にも必然にも、赤坂さんは自転車を持っておらず僕の後ろに乗るから漕げと言い出した。人使いの荒い女の子はモテないと言ったら頭を叩かれたので、しょうがなく従うことになった。
先生の目にとまらないように正門を出て、彼女の案内で漕ぐこと15分。最寄りの
「これに乗るわ!」
意外にと言うべきかやっぱりと言うべきか、この赤髪の少女は電車を指さしていた。
「早く、早くしなさいよ。」
「ちょっと待ってよ。ここまでのハードワークで体が悲鳴をあげてるんだ。」
「いいから、乗りなさい!」
午後四時発のぼり方面の電車が八千を出発した。
車窓から遠くを見ていじらしく笑う彼女を見ながら、ああ今日の俺ノートは過去に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます