第2話 僕の世界
桜も満開シーズンを過ぎ、柏木高校全員の通学路でもあるこの三百メートル道路は見事なまでにピンク色に染め上がっていた。休日に降った雨の水溜りに反射して太陽の光が目を痛いくらいに刺す。
三年生の教室はA棟の一階とB棟の二階を合わせた五クラスで構成されている。
学校での僕の住所は三年E組で左から二番目の一番前の席だ。理系クラスは人数が少ないからこのE組に固められるらしい。
なんかカッコいいというだけで理系を選んだばっかりに、学力差に悩まされる憂鬱な新学期のスタートをきった。一週間が過ぎ、やっといろいろなことに落ち着いてきたところで事件は起きた。
「はーい注目してー。なんと今日は転校生がきていますー。」
「うぉっ……マジかよ!?」
「だれだれ?イケメン……??」
クラスは今年一番の盛り上がりを見せているが、僕にとってはゲーム内のNPCが一人増えるようなそれくらいどうでもいいことだった。
あの赤髪を見るまでは。
「赤坂さんー入ってきていいわよー。」
彼女のローファーと地面がぶつかる音が教室内に響きわたる。
足音がこんなに大きく聞こえたのはクラス内が一気に静かになったからだ。外履きを履いている事も驚くべき事だったが、ほとんどはその赤髪の少女に釘付けになっていた。
「赤坂撫子。訳あって東京の高校から転校しました。つまらない奴と馴れ合う気はないわ。よろしく。」
大変なことになった。俺の能力が通じないただ一人の人間が同じ高校に転校してきてしまったのか。
「じゃあ赤坂さんは出席番号一番だから、一番左前のあそこに座ってね。」
今日から隣の席が一つ追加されていたのはそのせいか。
「あ……!」
「あ……」
となりの席に座ってはじめて僕の存在に気がついたらしい。
「あんた、何でここにいんのよ。」
「それはこっちのセリフだ。てかなんでローファー履いてんだよ。ここ室内だぞ。」
「しょうがないでしょ、上履きまだ届いてないんだから。」
なんでそんなずっと怒ってんだよ……。
これが赤坂撫子との二度目の出会い。幸か不幸か一年を同じクラスで過ごすことになったのだ。
◆◆◆◆◆
「赤坂さん!東京ってどんなとこー??」
「赤坂さん、俺もちょっと質問あるんだけど……。」
「赤坂さん!」「赤坂さん!」
昼休みに入ってから隣の席はクラスの引っ張りだこだ。珍しい物を見た子供のように皆興味津々という感じだ。
――まあ、いつも通り中庭で食うか……。
「ちょっと、待って。一緒に行くわ。」
「……は……はい?ぼく?」
またしても目が合っている。とりまき達は一斉にこちらを向いて少し驚いた顔だ。
「……先生に用事があって。となりの席なんだし、職員室に案内してもらうだけよ。なにか問題ある?」
「あ……うん。わかった。」
足早に教室を出る時、ちょうどドアの近くに座って本を読んでいた深瀬と目が合ったような気がした。
「なんでここまで着いてくるんですか。さっき職員室は通り過ぎましたよ?」
「先生に用事なんてないわよ。」
なんだって。
「あの嫌な空気に耐えられなかったのよ。あんなモブ共に構ってるほど、私は暇じゃないわ。」
「それでも初対面の人に、あ、あんな態度はないんじゃないですか。そんな怖い顔してたら転校初日からみんなに嫌われて友達なんかできませんよ。」
「あんたに言われたくないわ。見るからに友達いないじゃない。いるの?」
なんでこんな昼休みの中庭でお互いを罵倒しながらお弁当を食べてるんだ。しかも相手は女の子だ。
「そんなことよりも、あんた名前なんて言うの。」
「岡目蓮です。」
「……変な名前ね。一度訊いたら生涯忘れなさそう。」
今この子、人の名前バカにしたよね?なんなの?恨みでもあるの?
「岡はさ……」
岡目なんだけど。ねえ赤坂さん。岡目ですよ。
おかげで全然彼女の話が入ってこない。
「ごめん、なんか言った?」
「……やっぱりなんでもないわ!いいから食べましょう。」
嬉しそうにお弁当を開ける彼女を見ていたが、残念ながら一緒にここで昼食を共にする訳にはいかない。
人通りこそ少ないものの、教室から見えるこの中庭で転校生と僕が一緒にお弁当を食べていたら、彼女が後ろ指を刺されてしまうだろう。
学校で話すような奴はいなかったから、正直声をかけられた時は嬉しかった。が、自分の立ち位置を弁えなければいけない。この場所は彼女の為に離れることにしよう。
「赤坂さん。あれ見て。」
「なによ。……くだらないものだったら承知しないわよ……。」
彼女は丁寧に僕が指さした方に顔を向ける。
こんな時に僕の能力は便利だ。一瞬視線を外すだけでその人の世界から消えることができる。葉っぱが落ちるよりも速い速度で、僕は彼女から逃げよう。
――悪いけどお弁当は一人で食べてくれ。
僕の能力は自身の触れている物、身につけている物にも適用される。つまり、服だけがひとりでに動いたりお弁当箱が宙に浮いてたりすることはない。
「どこ行くのよ。」
その言葉を聞いた瞬間、今までの自分がフラッシュバックされる。
――○○君、いたんだぁ……ごめんね??
――誰か○○と組んでやれよー。
――プリント一枚余ったんだけど間違えてない?
早々に諦めた
そうやって僕の
いろんなことから逃げるように、一気に駐輪場をこえてピンク色の三百メートルまで走って来てしまっていた。
そうしてまた僕を裁くかのような、はたまた人生を変えるように彼女の声が大きく振り下ろされた。
「なに逃げてんのよ、あんた。」
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